海獣たちの青い空

海獣たちの青い空 第三話

2016/12/3

動植物園を楽しんだ帰り道、イルカ種に対するドーム外作業訓練に反対する一団に取り囲まれたが、ユウキの機転で危機を脱出する。その一団の背後関係を探るナガトだったが、なかなか真相に近づけないでいた。そんな中、コウから驚愕の事実を告げられる……。

告白

ナガトはミーティングルームで熱源管理局の職員三名から熱輸送量を向上させた次世代ヒートパイプの導入についての説明を受けていた。あと二ヶ月もすれば次年度の予算審議会が始まる。各局は少しでも多くの予算を配分してもらおうと、親しい議員に根回しを行うのが通例となっていた。海底ドームの主要エネルギー源が熱水噴気孔である以上、噴気孔からドームへと熱を運ぶヒートパイプの性能は総発電容量に直結する。ナガトとしてもその重要性は痛いほどよく分かっているし、自分の出身局にはできる限り協力したいと思っていた。しかし、やる気だけではどうにもならない眠気もある。熱心に技術的な説明を続ける若手職員に悟られないよう、あくびをかみ殺す。その時、秘書のマサヒトからメッセージが届いた。嘆息するナガトに気が付いたのか、説明している若手職員とその上司が「どうかしましたか?」と不安な表情を浮かべた。ナガトは私的な連絡が入ったので少し時間をとらせて欲しいと謝った後、会議室の外へ出た。彼らの精神的安定のためにもあとでフォローが必要だろう。

メッセージの内容はまたイルカ種に対するドーム外作業の教育実習中にトラブルが発生したというものだった。今月に入ってからもう五度目になる。トラブルと言っても深刻なものではなく、操作ミスで推進器の出力が低下したり、定時連絡が遅れたりと言った些細なものだった。そうはいっても、海底での作業は小さなミスが大事故につながりかねない。マサヒトにはどんな些細なことでも報告するよう教育実習の監視を頼んでいる。

――それにしても多すぎる。

いくらドーム外作業に縁が無かったイルカ種とはいえ、これほどトラブルが続くのはおかしい。トラブルの大半は搭乗員のミスなのか、機器の不具合なのか、それとも指示を出す教育局に不備があるのか判別が難しい種類のものであるということも気になっていた。先日の事故以降、ナガトは教育局に対して実習を行う際には必ず計画書を海中作業訓練委員会に提出するよう要請していた。この委員会はナガトが新たに立ち上げたもので、訓練船座礁事故の一因である搭乗員が知っておくべき知識を正しく教えていなかったり、通常とは異なる手順で実習を行うといったことを防ぐことを目的としている。音声記録も必ず残すように指示していた。整備記録を提出させ、問題が無いことをナガト自ら確認している。となればやはり搭乗員に問題があったということなのだろうか? 搭乗員の選定には委員会も関わっているが、問題がありそうには思えなかった。マサヒトには引き続き情報収集を続けるように指示し、会議室へと戻って職員へ中座したことを詫びた。

「なんだって!? それは本当か?」

ナガトの口から飛び出したパスタがテーブルクロスに落ちる。コウはいっぱいにほおばった蒸しイモを水で流し込み、口を開いた。

「んぐ。たぶんね。十中八九、これが原因だと思うよ。君は慎重に人を選んだつもりなんだろうけど、相手は一歩上手だね。前に演説を打っていたオバサンみたいに、イルカ種も決して一枚岩じゃない。現状を是とする人もいっぱいいるのさ。同族の私でさえ突き止めるために数ヶ月かかったんだ、マサヒト君は確かに優秀だけど情報源が無かったら事前に知るのは絶対ムリだね」

そう言うとコウはすぐに次の蒸しイモに手を付けた。ナガトはトマトソースがたっぷり絡んだパスタを豪快にすする。テーブルクロス以上に事態は深刻だった。コウによると、教育実習生に選ばれたイルカ種のうち何人かが海中作業訓練に反対するグループに属していたというのだ。失敗させようと企む連中に実習をさせるのだから、トラブルが頻出するのは当然のことだった。

「どうにかして、個人名を特定出来ないか? そいつらを完全に排除することは難しくてもサボタージュしにくい配置にすることぐらいはできるはずだ」

「うーん……一人は私も裏を取っていて確実なことが言えるんだけど、他にも紛れ込んでいる可能性は高いと思うよ。正直なところ、私たちも対立するグループについては動向を完全には掴めていない。今回の情報も、何人もの仲介人を通してようやく入手出来たんだしね」

「その情報自体が何者かの偽情報である可能性は? 俺らを疑心暗鬼にさせて実習を中止させようという魂胆かもしれない」

ナガトの言葉に、コウは黙って首を横に振る。何事にも慎重なコウのことだ、当然その可能性を考えて徹底的に裏を取っているのだろう。シャチ種内部のことならまだしも、異種族であるイルカ種の中に独自の情報源を持つことはナガトには難しい。これはコウの言うことを信じるしかないだろう。

「せめて、ナガトの考えに同調するイルカ種が増えてくれると取れる手段も増えてくるんだけどね」

ナガトは黙って頷いた。先日の動植物園のように、直接対話ならば説得する自信はある。しかしそれでは活動を支えてくれるほど多くの支持者を得ることは出来ない。かといって、ネットやマスメディアを使った活動では理解を得るのは難しいと感じていた。組織的にネガティブキャンペーンを張る連中がいるのがなにより厄介だった。

「今のところ、アピールする良い材料がないからな。『ドーム外に出られると良いことがある』という分かりやすい何かがあれば良いんだが……」

ふと視線を上げると、コウが口を開こうとしてすぐに閉じたのが見えた。どうも煮え切らない。ナガトはまたかと心配になる。このところ、コウの言動にどこか不審なところが見え隠れする。沈黙のあと、顔を上げたコウの表情は意を決したように見えた。

「それはそうとさ、ナガト」

「なんだよ、改まって」

「前の行き遅れの中年女性の件だけど……、確かに行き遅れていることが分かったよ。彼女ね、いまだに彼女も彼氏も居ない独り身だってさ。寂しいよね」

ナガトの口からトマトソースが噴き出す。

「お、お前、なに下らんこと調べてんだよ!」

あまりのくだらなさに愕然とし、同時に少しがっかりした。まだ核心には触れないつもりなのだろう。

「冗談だよ、冗談。ま、行き遅れてたのは事実だけどね。彼女は通信局の関係組織出身みたいだね。今は奉仕活動家として働いている」

「つまり、かなりのエリートってことか」

ナガトの言葉にコウが頷く。通信局や警備局、防衛局、熱源管理局のようなドーム外活動装備を持つ局はシャチ種がトップに就き、構成員もほぼシャチ種だ。とはいえ、人口比で言えば二十分の一にしかならないシャチ種だけでは人員が足りないため、実務作業者として関係団体にイルカ種を採用している。彼らはイルカ種の中では地位が高い。奉仕活動家というカネにならない職業を名乗っているということは、生活には全く不自由しないほど裕福な家系に生まれたのだろう。

「準上級市民ではないようだけどね」

「嫉妬心を突かれて良いように操られている可能性はあるな。具体的に誰から指示を受けているとかそういったことは分からないか?」

ふと下を見るといつの間にかナガトの蒸しイモが無くなっていた。蒸しイモで頬を膨らせたコウが肩をすくめる。通信局は機密情報を扱う専門家集団だ。当然ガードも堅い。通信局に勤めるマサヒトの兄、ヨシヒトにも情報提供を依頼しているが期待するなと言われている。

「こちらも分からずか。守ってばかりで攻め手がないな。そうだ、周りに居た人相の悪い若者達はどうだった? あいつらは多分、警備局関連出身だと思うんだが」

「それが意外なんだけど、彼らのほうはほとんど情報が集まらないんだ。ガードの堅さにビックリしたよ。二、三人は警備局関係者かもってことは掴めたんだけど、確証は得られていない。行き遅れの方はあっさり身元が分かったんだけどね。警備員は数が多いし、注目を浴びる人間でもないから顔写真からだけだと情報を得にくいってのはあるけど、正直予想外だよ」

「ふむ、そうか。警備局、ねえ……」

コウの答えにナガトは心が沈んだ。奴らはほぼ確実に警備局の人間だとナガトは思っていた。そして奴らが単なる跳ねっ返りで、知事一派に属しているというだけならどんなに話は簡単だっただろう。

「お兄さんのこと、疑ってるの?」

「いや、そうじゃない。キミヤス兄さんは俺らの味方だよ。でも……」

「君の嫌いなキミト知事に仕方なく従っている可能性はあると?」

「ああ。ただそれはまだマシな方だ。少なくとも兄貴がコントロール出来てるって事だからな。頼めば何とか対処は出来るかもしれない。むしろ、キミトの手が既に警備局に回っていて、兄貴が知らないところで事が動いてる場合の方が深刻だな」

片肘を突いてナガトが額に手を当てる。頭に浮かぶのはキミトを取り巻く議会の重鎮達だった。厄介なのは敵がキミト自身ではないということだった。むしろキミト自身はそれほど手強いとは思っていなかった。しかし、知事を中心とする老獪な連中は代を変えながら百年以上にわたってドームを支配してきた。影響力は強く、容易には対抗できない。シャチ種の有力グループの中で唯一の味方と言っても良いキミヤスがその組織に取り込まれているとしたら絶望的だ。

「二人とも!」

怒気をはらんだ大声が重い空気を切り裂く。驚いてコウとナガトが振り向くと、キッチンから包丁を片手に叱咤の声を上げるユウキの姿が見えた。

「僕、いぃっつも言ってるよね、食事は綺麗にって! ほら、ちゃんと見てみてよ、それが綺麗な食べ方? 僕にケンカ売ってるの?」

包丁の先端が散らかったテーブルを指す。蒸しイモのかすがそこら中に飛び散り、トマトソースが赤い彩りを添えている。極めつけはコップに飛び込んだイカだった。尾びれをぶんぶんと振り回しながら迫ってくるユウキに、二人は両手を挙げて恭順の姿勢を示す。兄の件も大事だが、まずはこの場を上手く切り抜けないと今後一週間の食事に響く。ナガトもコウも家事能力は壊滅的に低かった。

洗濯場を泡だらけにしてユウキに追い出された二人は、おとなしく寝室に引きこもっていた。ご機嫌をとろうとしたのだが、失敗したのだ。寝室はというと、机に積まれた本は崩れ、床には書類が散乱している。唯一きれいなのはウォーターベッドの上くらいだ。物があるから散らかるんだという理由で、装飾品や調度品のほとんどはユウキによって空いている部屋に移されたというのに、この散らかりようだった。ナガトは尾びれを振るって書類を一掃し、現れたフローリングにあぐらをかく。

「なかなか上手くいかないもんだな」

「私、洗剤に種類があるだなんて思ってもみなかったよ」

「いや、あれは種類じゃなくて多分量だな。加減が分からん」

ウォーターベッドに腰掛けたコウがなるほどと頷く。二人の表情が陰っているのは、もちろん洗濯の際に食器用洗剤を使ったことが原因ではなかった。それでもナガトは何とか明るい声色を絞り出す。

「今までずっと全部ユウキに任せっぱなしだったからな。そうだ、今度マサヒトにでもやり方を聞いておこう。あいつは家事得意そうだし」

「いつもお兄さんの世話してるみたいだしね」

「みたいだな」

中身の無いやりとりに気まずさを感じたナガトは、コウの横に座り直してズボンの中へ手を忍び込ませた。内ももに触れると、弾力のある皮膚の下に、引き締まった筋肉が感じられる。皮下脂肪の少ないイルカ種ならではのさわり心地だった。しかし、この空気の中では興奮は湧き起こってこない。

「ねえ、ちょっと話があるんだけど、いい?」

ナガトが頷くと、コウが唯一残ったスチール製の書類棚の引き出しを開け、ごそごそとあさりだす。数分後、コウはベッドの四分の一を占めるほどの大きなペーパーディスプレイを手に持ってきた。一吹きすると埃がぶわっと舞い上がる。咳き込むコウに対し、「端末に転送してくれよ」というナガトに、コウは首を横に振る。コウはナガトがやったのと同じように尾びれを使って床を〝片づける〟と、年代物のペーパーディスプレイを広げた。ディスプレイには所々黒いシミが見え、バッテリ部分には規格外の電池が空中配線で無理矢理つながれていた。とてもまともに動くようには見えなかったが、コウは構わずスイッチを入れる。のろのろとたっぷり十数秒かけてディスプレイが立ち上がり、海底ドームの見取り図が表示される。同心円状に色分けされており、横には色と区画の対応が書かれている。中心から行政、商業、居住、農業、工業と並んでいる点も、東西南北の各ブロックにライフラインが独立して存在し、緊急時には切り離せるようになっている点もギョクツドームと同じだ。しかし、ドームの高さ――海底基準では深さ――はギョクツより二割程度低い。さらにはドームの天井隔壁の構造が専門家ではないナガトでも見分けがつくほどシンプルになっている。この星に存在する六つのドームは全て同じ形状で作られているはずだ。もちろん、増改築によって今ではドーム毎に違いが出ているが、ディスプレイに表示されているドームとの違いに比べるとドーム間の差は無いも同然だ。となると、これは既存ドーム以外の設計図と言うことになる。

「一体何なんだ、これは? 新しいドームの設計図か?」

ディスプレイを挟んで向こう側に座ったコウが、首を横に振る。

「これは建設中のドームだよ」

一瞬、何を言っているのか分からず固まる。ドームの建設は播種船の強力なサポートがあって初めて実現できる。今の人類では政治的にはもちろんのこと、経済的、技術的にも新たなドーム建設はまず不可能だ。

「それは……なにかの比喩なのか?」

「ちがうよ。正確には既に建設されて未入植のって言った方が良いかも」

ナガトは「ちょっとまってくれ」と言って制止する。そんな話は今まで一度も聞いたことがなかった。

「ごめん、ちょっといきなりすぎたね。順を追って説明するから。まず、私達が住むこの星にはかつて六つのドームが存在した。それはいいよね?」

ナガトは頷く。初等科の子供でも知っている話だった。活性化した母星の熱線から逃れるために祖先はギョクツ、シンセイ、オンベ、イセン、ハゼタ、ガンコウの六つのドームを建設した。その中で現存しているのはギョクツドームとハゼタドームの二つだけだ。シンセイドームは入植直後に大規模な事故で失われ、所在地の情報さえ失われている。オンベとイセンは互いの戦争によって壊滅したとされているが、記録がほとんど残っていない。ガンコウと同じようにイルカ種の反乱が原因にあるとの説が有力だ。過去に復旧できないかどうか検討はされたようだが、完全に浸水している上にドーム天井を支える構造に致命的なダメージがあり、復旧しても経済的なメリットはないことが判明している。そしてガンコウドームは不満をかかえたイルカ種の蜂起と、それに呼応したシャチ種執行部の暴走によって破壊された。こちらも完全に浸水しており、復旧は困難だろう。

「実はね、六つというのは入植が完了したドームの数なんだ。実はもう一つドームが建設されていた。当初予定では六つだったんだけど、人口増加が播種船の想定よりも大きかったことで急遽、もう一つ建設されることになった。当時は今と違って自然繁殖が主流だったから、人口がコントロールできてなかったんだ。他のドームより規模も小さく、構造が簡略化されているのはそのためだよ。六つのドームに入植が完了し、残りの一つもようやく完成というとき、もう一つ播種船の想定外のことが起こった。母星の活性化の進行が早く、新規ドームの設備が間に合わなかったんだ。ガワは出来てるけど、発電や大気生成といった必須の設備が未完成だった。結局、播種船はそのドームを放棄し、あぶれた人々を六つのドームに振り分けることで対処したらしい。そして結局、入植者のいない、ほぼ完成したドームが残されたってわけさ」

「確かにつじつまは合っているな。でも……」

「いかにも作り話じゃないかって顔つきだね。確かに、最初は私も信じられなかったよ。でもね、作り話にしては手が込みすぎているとも思うんだ。この図面を元に構造計算してみたり、記録として残されている工事の進捗状況を検証してみたりしたけど、どこにもおかしな点はなかった」

説明を続けるコウに、ナガトが割って入る。

「ちょっとまて、この一枚っぺらだけじゃないのか?」

ナガトが古びたペーパーディスプレイを指差す。そもそもこの手のディスプレイは多くの情報を記録できるようにはなっていないうえ、データを抜き出そうにも互換性のある機材を見つけるのはかなり大変だろう。

「ナガトにしては細かいところを気にするんだね。データのほとんどはデータベースに移してあるよ。というより私が存在を知ったときには既にデータベース上に図面があったんだけどね。そもそも検証しようにも私だけの力じゃとても無理だよ。イルカ種の有志が長年研究してようやくたどり着いた結論さ。このディスプレイが重要なのは、海底ドームの位置が書かれているからなんだ」

そう言うとコウがディスプレイを操作する。一瞬、ディスプレイが白くなり表示内容が更新される。海底図だった。海底図自体は古めかしいが、基本的な縮尺の表示方法や記号は今使っているものとあまり変わりがないように見える。ただ、細部には違いがあった。普通、海底図はドームが中心に描かれる。それに対してこの海底図の中心は、何の変哲も無い海底平原だった。中心のやや右上にある菱形がドームの位置を示しているのだろう。最も不思議だったのが一定間隔で縦横に引かれた線――南北と東西を示す線だと思われる――に添えられた三桁または二桁の数字の意味だ。また、海底山のピークやランドマークには四つの数字の組が上下に二つ書かれていた。数字を見比べると上に書かれているのが南北線、下に書かれているのが東西線に対応しているようだった。一つ目の数字は三桁または二桁で、カンマで区切られたあと二桁の数字が並び、最後にピリオドを挟んでまた二桁の数字が書かれていた。通常の海底図であれば地図の中心となるドームを原点として、横方向、縦方向にどれだけ離れているのかが書かれている。そういった違いはあったものの、海底図から海底の様子を想像するのは難しくない。ギョクツドーム付近であれば海底の様子は手に取るように分かる。だが、古地図の地形には全く覚えがなかった。

「地形は分かっても、これじゃあどこにあるのか分からないじゃあないか。それにこれだけ年代物だと当時と地形も変わっている可能性もある。特定するのは難しいんじゃないか? そもそも本当にあるのかどうか……」

「そう来るだろうと思ったよ。でもその問題は解決済みだよ。ほら、この数字」

コウが南北線と東西線のそばに書かれた数字を指し示す。

「これ、なんだと思う?」

「距離じゃないのか? 単位系が分からんが……」

「私も最初はそうだと思ってたんだけど、違うんだよ。距離だとしたらどこかに原点、つまりゼロが無いとおかしいよね? でも、この地図には原点は存在しない」

ナガトはもう一度古地図に目を落とす。ゼロは無かった南北線は最低でも二〇、東西線は一三〇となっている。

「確かにゼロは無いな。でも、ドームが地図の外にあると考えればおかしくはないんじゃないか? 分割された地図の一部ってことも……」

コウが首を振る。

「もし仮にそうだとしたら原点から遠すぎるよ。数字の増え方が小さすぎるもの。それに、この数字の増え方を見て何か気付かない?」

地図の各所に書かれたランドマークの数字をよく見比べると、二つ目と三つ目の数字が六〇以上になっていないことに気がつく。

「二つ目と三つ目の数字は六十進数か……」

ナガトははっとして声を上げた。

「まてよ、もしかしてこの数字、緯度、経度を表しているのか!」

コウが満足そうに頷いている。書かれている数字がドームを原点とした相対位置であれば、原点であるドームの絶対座標が分からなければ特定するのは困難だ。しかし、緯度、経度であれば絶対的な座標が特定出来る。加えて、緯度、経度を用いているということはこの地図が作られたのは相当昔、下手をすれば播種船が生きていた時代に描かれたということを示していた。人類が海底に潜って以降、緯度経度を正確に測定する方法が無くなり、活動範囲もドームを中心とする狭い範囲に限定されたために緯度、経度は用いられなくなっている。

「そう、緯度と経度だよ。この地図には、緯度と経度が書かれているんだ」

古地図を撫で、噛みしめるようにコウが呟く。元は船乗りでもあったナガトにはその気持ちがよく分かった。いや、感動はコウ以上かもしれない。緯度や経度というのは現人類、それもドームの外に携わる人間にとって特別な意味を持っている。遙かな昔、人類がまだ地球に居た時代、冒険といえばその舞台は大海だった。冒険者はまだ見ぬ世界を求めて、果てしなく広がる海へと立ち向かっていった。まだ誰も立ったことのない地へ自分の足跡を付け、自分の子孫をさらなる繁栄に導くために。その壮大な冒険者達と比べたとき、自分たちはなんと惨めなのだろうと思わずにはいられなかった。ドームの外に広がる海は確かに広い。しかし、何処まで行っても安住の地は決して見つからないのだ。海水は絶えずナガト達を押しつぶそうとしている。その海水の上に出ても今度は灼熱の太陽だ。宇宙はおろか、海上にさえ出ることの出来ない現人類にとって、かつて大海を旅した船乗りは憧れの存在だった。先ほどまでは半信半疑だったナガトも、これは本物ではないかと思うようになっていた。

「……これは確かに凄いな。でも、これが緯度経度を示すとして、俺らが居る場所の位置はどうやって特定するんだ?」

〝空〟が見えない以上、自分たちの居る位置を緯度、経度で知ることは出来ない。ナガトが知る限り、ギョクツドームの位置を緯度、経度で表した地図なども見たことが無かった。

「それについては安心して。私たちはこのドーム以外にも全ドームの海底図を持っているから。もちろん、この地図と同じ時代の物をね」

その言葉に、ナガトは思わず身体を硬くした。ロマンのある話に緩んでいた頬がキュッと締まる。クリック音で頭部端末にセキュリティの確認を指示する。

「その情報、外には漏らしてないだろうな?」

ドームの位置を示す情報は最高度の機密情報だった。政権にとって、他のドームは最大の脅威の一つだ。表面上は友好関係を結んでいても、敵になる可能性は常にあった。直接敵対しなかったとしても、反政府勢力が他のドームと手を結べば恐ろしい結果を招きかねない。それを防ぐためにも、ドームの位置情報は厳重に管理されていた。上院議員であるナガトでさえ、おおよその位置やルートは知っていても、正確な海底図の閲覧権限が無いほどだ。万が一、コウがその情報を持っている事を知られれば即拘束されるのは間違いない。

「大丈夫、重要さは理解しているよ。存在を知っているのは私を除けばミサキさんとユミさんだけだで、私もギョクツドームの位置情報しか知らされていない」

ミサキとユミはコウの両親だ。ミサキが主親でコウの属する大気維持管理局の局長を担っており、イルカ種最高評議会の議長でもあった。元々はユミと婚姻関係にあったが、コウが生まれてすぐに二人は離婚し、今はナガトの主親であるナツメと付き合っている。そういう事情もあり、ナガトはミサキとも面識があるが、気性の荒さがナツメとよく似ており、苦手な相手でもあった。ユミはコウの従親にあたり、食糧資源局局長と最高評議会の副議長を兼任している。ほとんど面識はないが、評議会の実務はユミが担っているとコウから聞いたことがあった。

「つまり、イルカ種の機密中の機密を俺は聞いたって訳か……」

ナガトはさすがに肝が冷えるのを感じた。ほぼ完成している未入植のドームが存在し、その位置まで特定出来ている。もしそれが本当だとしたら文字通り世界が変わるだろう。なにしろ、世界がいきなり二倍になるのだ。人々の不満の種になっている人口抑制の問題がなくなり、経済圏が倍になる。労働者に対する需要が一気に増えて今のギョクツドームが抱える問題の多くが解決に向かうだろう。それになにより、人々に希望が広がる。もちろんそれは一時的な解消ではあるものの、ナガトが進めようとする政策の大きな後押しになることは間違いない。もし本格的な入植が始まるとすれば、シャチ種だけでは圧倒的に労働力が足りなくなる。

ただ、楽観は出来なかった。上手く扱えばシャチ種の支配から解き放ち、イルカ種独自の社会を築けるかもしれない。一方で下手に扱えばイルカ種の地位を更に下げかねない。だからこそ、今までイルカ種評議会はこの情報を秘密にしてきたのだ。そんなイルカ種全体の運命を握るとも言える事実を、ナガトは知ってしまったのだ。それほどまでに自分を信頼してくれているというのは嬉しいが、危険でもあった。もちろん自分からこの事実を漏らすことなど絶対にないが、意図せず漏れる可能性はゼロではない。

思考の海から浮上したナガトに対し、うつむいたコウが「ごめんね」と謝る。その声は心の迷いを示すかのように揺らいでいた。よほど動揺しているのか、噴気孔からも空気が漏れている。ナガトは謝罪の意味を考える。機密を知っているというプレッシャーに負け、自分に話すことで負荷を減らそうとしたからか? この情報の活用方法をナガトに委ね、責任を放棄しようとしているからか? それとも種族に対する裏切りを意図しているからなのか? どれもナガトが知っているコウの性格とは一致しない。その理由は分からないが、目の前には何かに押しつぶされそうな恋人の姿があった。

「安心しろ、何があっても俺はお前の味方だから」

ナガトは震える灰色の体躯を、白い胸に迎え入れながらそう言った。

「まったく……」

背びれの付け根を撫でていると、ぼそぼそとなにか言っているのが聞こえた。

「どうした?」

聞き返すと、コウはもう大丈夫といった風にナガトの胸元を離れた。

「全く、そんなナガトの態度が私を苦しめるんだって一体いつになったら気がつくんだよ。もうちょっと人を疑うとか、利用されているんじゃないかとか考えないと!」

突然予想外の反応をされ、ナガトは戸惑うしか無かった。尾びれがぴたぴたと床を打ち、書類が舞い上がる。

「利用されるって……俺はお前の役に立つなら本望だぜ?」

ナガトの言葉に、コウがため息をついた。まるでこれ以上言っても無駄だとでも言いたげだ。

「まあいいや。それがナガトだからしょうがないよね。まあある意味、私たちの見る目があったという事でもあるんだけど、正直複雑な気分だよ」

眉間にびっしりと皺を集め、ナガトは首をかしげた。そのとき、自分の膝がペーパーディスプレイを踏んでいることに気づき、慌てて膝を浮かせた。幸い、破損はしていないようだった。慌ててベッドの上へ避難させる。改めて座り直すと、コウが口を開いた。

「これから私が話すことはナガトにとってショックかもしれないけれど、覚悟して聞いてね。覚悟はいい?」

思わず「浮気か?」と茶化しそうになったが、思いとどまる。ナガトは覚悟なんて大層なと言いながら先を促した。先ほどのドームの件以上の衝撃など想像も出来ない。

「私というか、正確には私たちは君を利用するために今の状況を作ったんだ。つまり、イルカ種の利益のために私は君に近づき、恋人関係になった。さらに言えば私の主親ミサキさんが君の主親のナツメさんと恋仲になっているのも目的は同じなんだ」

伏し目がちに話していたコウが、ナガトの表情を伺うように視線を上げる。当のナガトはというと、ふむふむと言いながらなんともないふうを装って頷く。自分はおろか、母親の恋愛にまで何かしらの意図があったという事実には多少なりとも驚いた。しかし、コウが思い詰めるほどにナガトはショックを受けなかった。むしろその理由の方が気になる。ナガトの反応が思ったより淡泊だったためかコウは一瞬怪訝な表情を浮かべたが、先を続ける。

「事の発端はまだ私が生まれてすぐの頃、暮らしを一向によくしてくれない評議会に業を煮やした一派が独自に政治活動をはじめた時までさかのぼる。準上級市民に対する反発があったんだろうね。彼らは当初、地道に状況改善をアピールするだけの穏健なグループだったらしい。評議会メンバーの大半は彼らを危険視するせず静観していた。ただ、当時はまだ副議長だったミサキさんはそのときすでにイルカ種の中にくすぶる不満は相当なものになっていることを認識していた。このままでは彼らの活動が発端になって大きなトラブルを招きかねないと危惧していたんだ。でも同じイルカ種が相手だから無理矢理解散させるわけにはいかないし、そんなことをしては逆効果にしかならない。そこで彼女が目を付けたのは評議会幹部だけが知るさっきの未入植ドームだった。そのときはまだデータも整理されていなくて、この古地図もデータの山に埋もれていたらしいよ。で、ユミさんを中心とする実務メンバーと協力してデータを掘り起こしにかかった。実在すると信じるに足るデータを揃えるには二年の月日が必要だった。具体的な利用方法を検討していた頃、ある事件が起こった。イルカ種の一派が暴走してドームを爆破しようとしたんだ。幸いにも未遂に終わったんだけど、その事件はイルカ種、シャチ種の双方に大きな衝撃を与えた。当然のことながら、彼らを放っておくことは出来ないってなるよね」

ナガトも当然、その事件を知っていた。それは忌まわしい事件だった。

「イルカ種のテロ組織がEエリアの発電施設を占拠して自治権を要求したあの事件か。確かキミトのヤツが警備局員を大量投入して無理矢理鎮圧したんだったな。あれは本当に酷かったらしい。実行者はそのほとんどが死亡、もしくは逮捕後に処分され、関係者はおろか、怪しいとされた無関係な人も容赦なく拘束されたんだったよな」

ナガトの言葉にコウが頷く。それが起こったのはナガトがまだ幼年科を卒業する前の出来事で、当時のナガトには何が起きているのか分からなかった。詳細を知ったのは、事件が起こってから数年後、中等科を卒業したときにキミヤスに教えられたからだ。ナガトが記憶しているのは、当時はまだ婚姻関係にあったキミトとナツメがものすごい剣幕で互いを罵り合っていたことだ。それまでも二人はよく喧嘩していたが、幼いナガトにはなるべく見せないようにしていたように思う。ただ、そのときはナガトがそばに居るにもかかわらず、つかみ合いの大喧嘩をし、怖くなったナガトはずっと兄の後ろに隠れていたのを覚えている。その後二人はすぐに離婚し、ナガトはナツメに、兄のキミヤスはキミトの手で育てられる事になった。ナガトは兄と別れなければならないことがたまらなくショックだった。

「そういえば、ウチの母とミサキさんはそれがきっかけで知り合ったんじゃなかったか?」

コウがこくりと頷く。コウは苦々しい表情を浮かべていた。まるでそれがすべての元凶だとでも言いたそうだ。飄々としているナガトとは対象的だった。

「聞いた話だと、ナツメさんは強硬案にずいぶんと反対してくれていたらしいね。表向きは熱源管理局管轄の発電施設に被害が及ぶのは困るといったものだったけど、イルカ種に対する仕打ちにずいぶん憤慨してくれたんだって。なにしろ、評議会は立場上強硬制圧案に反対することは出来ないからね。そんなことをすればシャチ種と決定的に対立してしまう。事実、ミサキさんとユミさんはそのとき何もしなかった」

その突き放した言い方は明らかに二人を非難していた。付き合いだした当初から、コウはどこか両親と距離を取る言動が多かった。ナガトとキミトのように正面切ってやりあうというより、ビジネスライクで没感情的な関係に思えていた。おそらくこれが原因だったのだろう。

「でも結局のところ話し合いの場は持たれずに、あんな結果になってしまった。大量の犠牲者を出す最悪の結果にね。ただ、ミサキさんにとってはナツメさんと出会えたことは大きなチャンスだった。いくら未入植ドームの情報を握っていると言っても、それだけじゃ無意味だからね。ドームを開拓するには船が要る。そしてナツメさんが局長を務める熱源管理局には船がある。それは大きかった」

そこまで聞けばナガトにもミサキが何を考え、コウが何に腹を立てているのか推測がついた。ミサキは最初ナツメに取り入ることを考えた。そしておそらく、ナツメでは十分な協力は得られないと判断する。ナツメがいくらイルカ種に好意的だとはいえ、それはシャチ種あってのことだ。それに危ない橋を渡るような性格でもない。ミサキが次に目を付けたのが他でもないナガト自身だったのだろう。ナガトに自分の息子を接近させ、友好関係を築く。上手く誘導すれば自分たちの味方を作り上げられる。ミサキがそういう意図を持っていたのだろうとコウは考え、腹を立てているのだ。

「コウ、お前が言いたいことは分かる。どうせミサキさんとユミさんが政治の道具に俺や母、そしてお前自身を利用したとでも思っているんだろう?」

急にコウの表情が険しくなった。無意識なのか意識的なのか、噴気孔から警戒を示す音が漏れている。

「ナガトは悔しくないの!? ナガトやナツメさんは利用されたんだよ!」

ナガトは静かに首を振り、肩を抱き寄せる。

「本当に母とミサキさんが打算的な思惑だけで付き合っていると思っているのか? 俺はそうは思わないな。打算的な気持ちだけじゃああんなに気合い入れて喧嘩なんてしないよ」

辺り構わず大喧嘩を繰り広げるミサキとナツメの姿を思い浮かべた。一歩間違えれば傷害事件にでもなりそうな大口論にもかかわらず、二人は今も関係を続けている。

「打算的な気持ちだけで続けられるほど二人の関係は甘くはないよ。それに打算的ってことなら俺たちにも利益はある。イルカ種の豊富な人員を提供してもらえるんだ。実際、イルカ種の職員は優秀だぜ?」

「だからってまだ子供のナガトを巻き込む必要なんてある!? 私は直接言われたんだよ、ナガトを、君を落とせって! 私は……私は今までずっとナガトをだましてきたんだ!」

コウが首を振りながら声を張り上げた。歯をむき出しにして瞳に怒りの感情を浮かべるコウの姿に、ナガトは驚きを隠せなかった。いつも冷静沈着なコウがこれほど感情的になるのは初めて見た。十数年にもおよび鬱積してきた感情が吹き出しているのだろう。ナガトはそっと肩を抱き、怒りに震える灰色の尾びれを自分の尾びれを絡まらせる。

「俺は別にだまされたなんて思ってないよ。そりゃあミサキさんやユミさん、それになによりコウ、お前と付き合うことで影響は受けたさ。でも、それが悪いことか? ユウキを助けられたのもそのおかげなんだぜ? まあ、でも、お前が怒るのも分かるよ。ミサキさんが俺を落とせって言ったのは確かに酷い。何しろ、こんな筋肉馬鹿で猪突猛進野郎と付き合えって言うんだからな。そりゃあ残酷だよ。でもな……」

いきなりコウをベッドの上に押し倒す。ナガトによってコウの両腕がウォータベッドに沈む。ナガトは大きく口を開けてコウのマズルを咥えた。

『お前は俺のこと、嫌いか?』

しばしの沈黙の後、コウから『いいえ』を示すクリック音が返ってきた。ナガトは起き上がって口を開く。

「だろ? ってことはだ、何も問題はないって事だよな? 俺は別にだまされたとも思ってないし、利用もされてない。協力ならしてるけどな。これはたぶん母も同じだ。そしてコウ、お前は別に俺が嫌いってわけじゃない。ほら、全部上手く行っているじゃないか。終わりよければすべてよし。だろ?」

ナガトは大きく笑い声を上げる。ムスッとしたコウに、再度口づけをしてベッド脇に座らせる。

「ありがとな、話してくれて。お前は俺と違って真面目だからな、大変だっただろ? それもこれで全部解決ってことだ」

「……納得は出来てないけどね。君が私のことを心配してくれてるってことはよく分かったよ」

顔をのぞき込むと、燃え上がっていた感情はなりを潜め、いつもの冷めた目つきに戻っていた。安心したナガトはベッドに倒れ込む。

「俺たちみたいな立場だとさ、やっぱり自分のことを犠牲にしなきゃならないことはあるんだよ。そりゃあ、全部人のために生きろってのはムリだよ。でもな、同じように自由きままに生きることも出来ない。だからさ、コウの両親がしたことも戦略としては間違ってないし、仕方ないと思うぜ。当事者にしてみれば気にくわないってのも分かるけどな」

尾びれで灰色のももをぺちぺちと叩く。

「まあ、あれだ、状況は考えていたほど最悪じゃないってのが分かったのは良かったよ。これはとんでもない武器になるぜ。デカすぎて扱いに困るけどな、ははは。あとさ、そろそろ二人を許してやったらどうだ? ミサキさんもユミさんも配慮は足りなかったとはいえ、立場上仕方なかった面もあったんだしさ」

ナガトの言葉にコウがはあっと息を吐く。

「全く、色々心配した私が馬鹿みたいじゃないか。たまにはキミの楽観主義も役に立つね。でも、私があの二人を許すかどうかは話が別だよ。例えばさ、キミはキミのお父さんを許せる?」

「許せるわけないだろ! アイツは……」

跳ね起きて大声を上げる。

「ほら、ね。私はキミトさんがしている事は立場上仕方ないとは思っている。歓迎はしないけど、理解は出来る。それと同じだよ」

ナガトがフンと鼻を鳴らすとコウがけらけらと笑う。

「ヤツとお二人を同列に語るのは失礼だろ! ま、そのことはいい。話を元に戻すとだ、未入植ドームの件は許可をもらって俺に話してるのか?」

「もちろん」

コウがそう言って頷く。

「私たちは現状が行き詰まっていると認識していて、打開するには確保しておいた強力な武器を使うべき時だと判断した。そういうことさ」

「……複雑だな。まるで俺の力だけじゃあもうムリだって言われてるみたいだ」

「そうじゃない。未入植ドームの情報を私たちがずっと隠し持っていても無意味で、有効活用するためには今のナガトの力が必要だってことだよ。別の言い方をすれば、ようやくナガトが力を身につけてきたからいよいよ伝家の宝刀を抜くときが来たってことさ」

ケロッとした表情を見せる恋人を眺めながら、ものは良いようだなと独りごちる。未入植ドームという〝新世界〟が発見されたとなると旧世界は確実に変わる。それをどう先導していくのか。面白くなってきたというのがナガトの率直な思いだ。しかし一方で、自分の理想――イルカ種とシャチ種が互いに自立し、尊重しあえる関係を構築する――に繋げるための具体案を立てるには自分一人では力不足だ。準備が整っていない現状で馬鹿正直に公表すれば、圧倒的な権力を握る知事を中心とする現政権に奪われて終わりだ。かといって、秘密裏に入植の準備を進めるには装備も人員も時間も圧倒的に足りない。

「この話、母にならしても大丈夫か? 俺を頼ってくれるのはありがたいが、協力者が必要だ」

「もちろん、ナガトだけじゃどうにもならないって事は理解しているよ。ナツメさんなら大丈夫、というより元々ナガトの後にはナツメさんに事実を言うつもりだったからね。さ、夜も遅くなったし、そろそろ寝る?」

ゆっくりと頷いたナガトは、ベッドに身体を横たえ、絹のような灰色のももへ頭を預けた。

協力者を求めて

「確かに興味深いわね。本当ならだけど」

ナツメがバインダーを閉じる。熱源管理局の文字が入ったバインダーには、未入植ドームについてまとめた資料が詰まっていた。コウがまとめたものだ。その冷静な口ぶりには疑心がはっきりと読み取れる。疑われるであろうことは予想通りだったが、機嫌の悪さが気になる。ナガトは職員時代のナツメとのやり取りを思い出す。あの頃も仕事の進め方を巡って幾度となくぶつかってきたが、ナツメの機嫌が悪いときには散々な結果となるのが常だった。その原因が仕事ではなく家庭にあったとしても、そうだった。見慣れた会議室のくたびれた椅子を見る。座り心地は昔と変わらず悪かった。

「評議会の手で加工はされてるけれど、偽造はされていないと思う。位置は分かっているから現地調査することも出来なくはないよ。もちろん、母さんの協力が必要になるけど」

データに手を加えているのは万が一資料が流出したときのことを考えてのことだった。

「ま、コウくんがだまそうとしているってことはないでしょう。ミサキにはそんな頭はないし、もしやるとしたらユミさんかしら」

バインダーを再度開いてぴらぴらと資料をめくる指先には、グレーのマニキュアが塗られていた。ナツメはその日の気分によってマニキュアの色を変えるとミサキから聞いたことがあるのを思い出す。グレーはどんな気分を意味しているのだろうか。

「母さん、ミサキさんと喧嘩でもした? プライベートで何があったのか知らないけど、ドームの将来に関わることなんだ。真剣に見てもらわないと困る」

「冗談よ、冗談。ミサキとは上手くいっているわよ、あなたとコウくん以上にね。ただ、この手の美味しい話には何か裏があるとは思わない? あなたやミサキ達に敵対する勢力が仕掛けた罠だったとしたらどうするの?」

トゲのある口ぶりから、やっぱりなにかあったんだなとナガトは確信する。どうせくだらないことなのだろうが、ナガトもあまり人のことは言えなかった。コウと喧嘩した次の日はどうしても苛立つことが多い。

「そんな手間のかかることをして何の意味があるんだよ。今のままでも俺たちは十分に追い詰められてるのにさ。それにデータの確認は十年以上も前から行われているんだ、そんなに昔から工作が行われているとは考えにくい」

資料をめくっていたナツメの手が止まり、数字が並んだ表を指さした。

「ほら、ここ。熱輸送パイプの容量が全然足りてないわ。この程度だとこのドームは年中冷凍庫状態ね。あと、ドームの規模に対して熱交換器が少なすぎない?」

資料を覗き込み、表を確認する。頭部端末でギョクツドームの同じデータを呼び出して比較すると確かにナツメの言ったとおりパイプの容量が不足しているようだった。

「これは確かにおかしいな。もしかしたら最終的な値じゃ無くて、建設中の熱源をまかなうためだけのものかもしれない」

「ね? しっかり検証すれば他にもおかしい点は色々と見つかると思うわ」

さすがは専門家だけあって手強いなとナガトは思った。やはり中途半端な資料を見せるのではなく、生データにアクセスしてもらうべきだったか。とはいえ、そうなると今度は評議会を説得しないといけない。

「わかった。確かにこの資料にはおかしな点が色々とあるというのは認めるよ。今度ミサキさんに頼んで生データにアクセスしてもらえるように手配するから、今はこれが本物であるという前提で……」

ナガトが言い終わる前にナツメが割って入る。

「直接ミサキを締め上げてみるからあなたから頼む必要はないわ!」

表情はからは読み取れないが、背びれに力が入っているのが見て取れた。相当腹を立てているらしい。

「まったく、こんな面白い事を今まで隠していただなんて……」

その言葉を聞いてナガトは不機嫌の原因についてピンときた。ナツメは大事な情報を息子経由で聞かされたことに立腹しているのだ。未入植ドーム云々を疑っているのではなく、ミサキから直接伝えられなかったことが不満なのだろう。確かに逆の立場であればナガトもへそを曲げるかもしれない。

「それについては母さんに任せるよ。で、とりあえずこの話が本物だとしたらどう使えばいいと思う?」

こういう場合は話を逸らすに限る。ナツメは黙ってマニキュアを塗った指で机をコツコツ叩く。しばらく待つと、ナツメがクリック音を立て始めた。頭部端末を使って色々検討しているのだろう。ナガトもそうだが、ナツメも一度他の事に気が向くとすぐそちらに意識を取られてしまう性格だ。ナガトは黙って結論が出るのを待った。

「そうね、すぐに思いつくのは議会へ公表してあなたの株を上げることかしら。秘密にしておいてばれるくらいならいっそのことこちらから公表してしまった方が取り分は大きいはずよ。もし、公表前にこのことが知事派に伝わったら彼らは自分たちの立場をより強固にするために利用するはず。例えば……政敵や不穏分子の島流し先に使ったりね。とてもじゃないけどまともな形で植民が行われるとは思えない。そうなる前に正式な場で公表すれば彼らの思うとおりにはいかない。そしてそれは、議会に対して恩を売ることにもなる」

ナツメの言葉に、ナガトは苦い顔を浮かべる。確かに、知らぬ間に知事派に利用されることが最悪だということはナガトも分かってはいた。しかし、長年イルカ種が守ってきた秘密をそうあっさり公表するには抵抗があった。

「公表するという案には俺は反対だね。そうまでして知事派に取り入ってもイルカ種に利益があるとは思えない。たとえ議会で公表してもそのまま戯れ言として放置される可能性もある」

「ええ、私もそう思うわ。なにより、ミサキ達を裏切ることになるので却下ね。じゃあ次は秘密裏に少人数を入植させて、既成事実化してしまうというもの。先に統治機構を整備して自治権を主張する。ドームの管理設備を握ってしまえば彼らとて容易には手を出せない。無理矢理占領しようとするならいっそのことハゼタドームを利用してやれば良いわね」

ナガトも同じ事を考えたことがあった。ある種のクーデターのようなものだが、海底のきびしい環境はドーム間で戦争することを許さない。補給が続かないのだ。未入植ドームで自活できるようになれば知事派も認めざるを得なくなるだろう。下手に圧力をかけてハゼタドームと組まれるよりはマシだという流れになるだろう。

「だが、それを実現するには予算と時間が必要になる」

ナガトの言葉に、ナツメが頷く。

「こちらが動けば知事に察知される可能性は高いわ。そもそもそのドームが使えるのかどうか疑問だし。数百年も放置されていたんでしょ?」

「ああ」

「播種船時代に作られたものなら気密は大丈夫でしょうけど、温度と大気成分は絶望的だと思うわ。ばれない範囲で行うと考えると、まず生存できるようにするだけでも何十年単位でしょうね。特に船が一番ネックになる。熱源管理局所属の船は排水量ベースで考えるとドーム全体のおおよそ三分の一を占めてるけど、そのほとんどはドームの管理範囲内で活動するものばかり。遠征出来るのは小型の調査船くらいしかないわ。それも資源調査という名目で送り出さないといけないから、年に何度も出せない」

熱源管理局はドーム外で大規模な工事を行うことが多く、大型の船を多数所持している。そのため、排水量ベースで考えると船舶保有量はドームで最も多い。残りは警備局と防衛局、通信局が大半を占め、教育局もごく少数の船を保有している。しかし、一定以上の排水量を持つ船は万が一事故を起こすとドーム全体にとって大きな損失となるという理由で、活動範囲に制限がかかる。無断で管理区域外へ出ようとすれば警備局に止められることは間違いない。数回であれば警備局の目をすり抜けられる可能性もあるが、継続的に活動するのは無理だろう。

「やっぱり船がネックになるよなあ。母さんなら何とか出来るかと思ったんだけど……」

ナツメがひらひらと手を振る。

「局長の立場を過大評価しすぎよ。所詮は一部門の長ってだけだもの。これが通信局なら貿易用の輸送船が使えるから話は変わってくるんだけど……。あとはそうね、折衷案としてあなたが入植の下準備をして、議会にプロジェクトとして認めてもらった後に正式に入植をするってところかしら」

「それって、どういうことだ?」

「未入植ドームの決定的な情報、例えば正確な位置や港へのアクセス方法、中枢システムの管理権限などを伏せたまま議案を提出し、予算と人員を確保する。そうすればあなたが完全に主導権を握ったまま理想の入植が行えるでしょ?」

ナガトは首を傾げた。そもそもそれが実現出来れば悩みなどしない。そんな条件では議会を通るはずはない。いぶかしげな表情を浮かべるナガトを見てナツメが笑い声を上げた。

「あなた、政治家でしょ? 政治家にとって一番重要で味方にすると心強いものってなんだか分かる?」

「……世論か?」

「その通り。十分に機能していなくても私たちは一応民主制を取っているんだから、圧倒的な支持が集まれば無視できなくなる。そのためにはどうするか? あなたがフロンティアを見つけた英雄になれば良いのよ」

ナガトはナツメが何を言わんとしているのかを理解すると同時に顔をしかめる。確実ではなくても、〝新世界がある〟というそれなりの証拠は既にある。それをエサにして世論を煽ればイルカ種、シャチ種を問わず支持を得るのは可能だろう。新世界から得られる利益は莫大だ。バラ色の未来が待っているとなればナガトへの支持は一気に高まる。知事ら主流派を新天地開拓を妨害する〝敵〟に仕立て上げればさらに効果的だろう。ただ、それは諸刃の剣だ。世論は一度熱狂すると制御が効かなくなる。新世界を開拓するには時間もかかればコストもかかるが、それを正直に言えば支持は得られない。となれば当然、ナガトはすぐにでも益が出ると嘘をつくことになる。たとえ嘘をつかずぼやかしても勝手に勘違いされるだろう。やがて短期間で生活が向上しないとバレれば、煽った分の反動は相当なものになる。ナガトにはかなりリスクの高い賭けにも思えた。

「失敗したら……」

「ガンコウドームの二の舞でしょうね」

「だめだ。それだけは、だめだ」

拳を握りながらナガトは首を振る。悲劇を避けるための行動が滅亡を招いては全く意味がない。

「もう一つ俺に考えがあるんだけど、聞いてもらえるか?」

「もちろんよ」

「さっき話に出た議会に伏せたまま入植出来ないかって件だけど、もし警備局さえなんとか出来れば熱源管理局に協力してもらえるって考えて良いか? 兄さんに力を貸してもらえば警備局は何とか抑えられる可能性があると思うんだ」

兄の名を出したところで、ナツメの表情が曇る。知事に引き取られたと言うこともあり、ナツメがキミヤスのことをあまり良く思っていないのはたびたび感じていたことだった。

「キミヤスにはまだ言わない方が良いと思うわ」

「何故? 兄貴を巻き込むのが心配だからか?」

「……まあそんなところよ」

歯切れの悪さがナツメの本心を語っていた。

「それとも、『キミヤスはキミト側の人間だから』か?」

ナツメは黙ったままバインダーを閉じる。ナガトの目から見れば兄と知事は気が合うとは全く思えないのだが、母親という視点からはまた違って見えるのかもしれない。意地を張っているようにしか思えないが、だからこそなかなか考えは変えられないのだろう。

「わかったよ。兄貴にはまだ伏せておくよ」

「それが賢明ね。この話はまだ外に出すには早いわ。私としては、あたなもまだ知るべきではなかった。知ってしまったからにはあなたは行動に移したくなるでしょう? くれぐれも、慎重にね」

ナツメの断固とした口ぶりに、こういう偏屈で慎重なところは知事キミトとよく似ているんだよなあとナガトは思った。そういえば、兄もプールでアクアラングを使うタイプの人間だった。ナガトだけが元一家の中で浮いているとも言える。

「あまり悠長に構えている暇は無いと思うけど。事態はどんどん悪い方向に向かってるよ」

反発心もあってそう返した。ナガトの中では秘密裏に入植を進め、ある程度見通しが立った時点で知事と直接交渉する方針で固まりつつあった。それには熱源管理局と警備局の協力が必須だ。母と兄を何とか説得しないといけない。母は勝算が見えさえすれば動いてくれるだろうが、兄はいわゆる〝良い子〟タイプの人間だ。ナガトはそんな兄を心底尊敬していたが、リスクを取って協力してくれるどうかは読めない。

「これはあなただけの問題じゃないことを肝に銘じることね。必ずコウくんに相談するのよ。あなたは昔っから思慮が浅いんだから」

ナガトが更にもう一歩進める気であることを見透かしたようにナツメが言う。

「分かってるよ。じゃあ、未入植ドームの詳細はミサキさん話してもらうように頼んでおくよ」

そう言ってナガトは席を立った。

女の正体は?

ナガトが商業地区のスーパーで根菜を選んでいるとき、マサヒトから連絡が入る。頭部端末に命じて秘匿回線を開く。

『お前、いつもタイミング悪いな。先月は会議の最中、先週はトイレの中、そして昨日はコウと……』

『す、すみません。まさかあんな時間に事に及んでいるとは思わず……。あ、そんな事はどうでも良いんですよ、今時間あります?』

『緊急か?』

両手に根菜を持ちながらナガトが問うと、いいえを示すウサギの絵文字が送られてきた。子供扱いはするなと言うくせに、この行動は天然なのかそれとも狙っているのかナガトはいつも疑問に思っていた。

『白と紫の根菜があるんだが、どっちが良いと思う?』

『僕の予想では大根と茄子だと思います。根菜と言われたんなら白い方を選んでください。茄子は根菜ではありませんから。ちなみに、料理に使うんですよね?』

『当たり前だ。今日はコウが手料理を作ってくれるらしいからお前も来るか?』

今度はクマの絵文字だ。吹き出しに「YES」と書かれている。ナガトは今度、マサヒトの兄で親友でもあるヨシヒトとも同じようなメッセージのやりとりをしているのか聞いて見ようと思った。あの兄弟はおかしなところが多い。二人のメッセージ履歴はさぞかし面白いことになっているに違いない。

セントラルタワーの入り口で合流し、そのまま自宅へと向かった。エレベータを降りると、すぐにナガト達が住む家に到着する。上院議員であるナガトはセントラルタワーの高層階や居住区画の一軒家に住むことも出来たが、利便性を考えてタワー外周の低層居住区に居を構えているのだった。玄関の前には緑を添えようと鉢植えの観葉植物を置いてたのだが、いつの間にか半分ほど茶色くなってしまっている。クリック音を出して解錠し、ドアを開けるととたんに強い刺激臭と焦げ臭い空気が漂ってくる。酸っぱさが目に染みる。

「お、お邪魔します……。それにしても、なんですか、この臭い?」

怪訝な表情を浮かべたマサヒトがナガトに問いかける。

「うーん、確か今日は鍋だったかな?」

「な、鍋……ですか?」

ナガトが大きく頷いて応え、床に食材を置いた。

「ああ、鍋だ。お前も食っていくだろ?」

ぶんぶんと首を必死に横に振るマサヒトを見て、コイツは酢が苦手なのかなとナガトは思った。早めに言ってくれれば、好みに合わせて甘くもできたのに残念なことだ。

「靴はその辺に置いておいてくれ。あ、いや、一応棚に入れてくれると助かる。何しろ、ユウキがうるさいから」

酢の臭いが苦手なマサヒトのために頭部端末に指示を送って換気扇を最大に回す。これで少しはマシになるだろう。当のマサヒトはと言うと、初めての訪問に緊張でもしているのかナガトの数歩後ろを付いてくる。キッチンへ続く木扉をあけると、キッチンの前に立つ引き締まった灰色のフトモモが目に入った。そのモモに負けないくらい太い尾びれの奥には、肉付きの良い尻たぶが覗く。振り返ったコウの姿を見たマサヒトが突然きびすを返して大声を上げる。

「し、失礼しました! ぼく、ちょっとジュース買ってきます!」

次の瞬間、ナガトの尾びれに引っかかって見事にひっくり返る。それを見たコウは驚きもせずに飄々としていた。

「マサヒトさんじゃない。どうしたの、そんな格好で?」

「それはこっちのセリフだ。それ、仕舞えよ」

片手でマサヒトを助け起こしながら、コウの股間を指差す。そこには軽く勃起した立派なモノがスリットからはみ出していた。全裸に加え、隆起させた股間をいきなり見せられたら悲鳴の一つくらいあげても仕方ないだろう。それが上司の恋人となればなおさらだ。

「あー、ごめん。料理が上手くいかなくて、色々と力入ったからねえ。マサヒトさん、大丈夫?」

差し出された手を見て、マサヒトがひいっと怯えた声を上げる。その手は真っ赤に染まっていた。掌にパックリと開いた傷から血が染み出している。

「ち! ち、血が出てますよ、コウさん!」

甲高い悲鳴を上げながらマサヒトが後ずさりしたとき、背中が納戸にぶつかった。その衝撃で堆く積まれた書籍と書類で出来たタワーがぐらりと揺れる。ナガトが慌てて押さえようとしたが間に合わず、マサヒトの上半身は紙の中へ消えた。

「すみません! 色々動転しちゃって……」

ファーストエイドキットで手当をするナガトにマサヒトが謝る。幸いにも重量物が落ちなかったおかげで軽傷ですんだ。むしろ包丁でざっくり切っていたコウの方が酷かったくらいだ。二人にとっては料理に血ややけどは付きものなのであまり気にしていなかったが、血が苦手なマサヒトには衝撃だったらしい。お菓子は得意でも料理はあまりしないのだろうとナガトは思った。料理の経験があれば多少の血で驚きはしないはずだ。

「こちらこそ、色々と驚かせてしまってすみません。まさかナガトが人を連れてくるとは思っていなくて。あ、裸だったのは服が汚れるのが嫌だっただけで、別になにか意図があったというわけではないので気にしないで下さいね。ほら、私もナガトも料理がほんの少し苦手なので手を切ることが多くて汚しちゃうので……」

テーブルを挟んで座る二人が、互いにぎこちなく謝る。その様子を見てナガトは頭を掻いた。仲が悪いというわけではないのだが、どこかよそよそしい雰囲気が漂っていた。

「そういやマサヒト、何か言いたいことがあったんじゃなかったか?」

ナガトの言葉に、マサヒトがぽんと手を打った。冴えなかった表情がぱっと明るくなる。「そう、そうなんでした。あのですね、ナガトさん達を襲った連中なんですけど、全員の身元が判明しました。まずはですね、コウさんが教えて下さった一人を特定してですね、そこからデータベースを漁って地道に顔写真の照合を行いました。その際にはですね、ナガトさんの頭部端末に残されていた音声情報をベースとして……」

一気にまくし立て始めるマサヒトを、ナガトが制止する。

「分かった、分かったから落ち着いて要点を話してくれ」

「すみません、コウさんが見てると思うとつい力んじゃって……。ええっと何を話していたんでしたっけ?」

視線を戸惑わせるマサヒトに対し、コウが「特定したってところからです」とフォローを入れる。

「す、すみません……。結論から先に言いますと、ナガトさんが推測していたとおり、全員警備局の人間でした。ただし、彼らは内勤が中心だったようです。内勤とはいえ、訓練はしっかり受けていたようですが」

マサヒトの言葉に、コウがなるほどとつぶやいた。警備局で実際に現場に赴く外勤ではなく、事務方である内勤業務に就いていたということはつまり、彼らが出世コースに乗っていたことを意味する。ナガトやコウはラインから外れた連中だという思い込みがあったため、たどり着けなかったのだろう。マサヒトから送られてきた経歴書を見てナガトが眉をひそめる。

「これは……コイツら、まだ警備局の外郭団体に所属しているじゃないか!」

「はい。彼らは単なる跳ねっ返りではないようです。ただ、この外郭団体がどういう立場にいるのか、警備局との繋がりがどの程度かといった情報は残念ながら見つかりませんでした」

ナガトは彼らが例の中年女性が関与した通信局関連組織に属しているのだろうと予想していたのだが、どうも外れたようだ。ただ、実質的には通信局がコントロールしている可能性も考えられる。

「あの行き遅れの女の身元は分かったんですか?」

ナガトが聞こうと思ったことを、コウが先に聞いた。

「うーん、彼女なんですが、どうも通信局のコントロール下にはないような感じなんですよね。局次長以上が徹底的に隠蔽していたら分かりませんが、それにしてもかなり初期段階から工作しないと隠し通すのは難しいとは思います。何しろ兄に直接調べてもらったので」

マサヒトの答えに、ナガトは腕を組み、うーんと唸る。通信局の関与が見つかれば警備局は単なる隠れ蓑だったというだけで済むが、警備局が直接関与しているとなるとキミト達の影響力が警備局のかなり奥深くにまで浸透していると考えざるを得ない。

「そこまで言い切って大丈夫なのでしょうか?」

コウが首を傾げ、目を細めてマサヒトに聞く。先ほどまでのおもんばかった口調からするとかなり冷たい感じがした。マサヒトが肩を強ばらせる。

「ああ、それは大丈夫です」

「こういったことは失礼と承知であえて聞きますが、そのお兄さんは信頼しても大丈夫なのでしょうか?」

コウがさらに詰め寄る。気迫に押されたのか、マサヒトが声を震わせながら「大丈夫です……」と小さく答えた。剣呑な空気にナガトが口を挟む。

「どうしたんだよ、コウ。コイツの兄ヨシヒトの信頼性は俺が保証するよ。今までも色々と協力してくれていたし、俺の不利になるような情報を渡すヤツじゃない。そうじゃなけりゃマサヒトを秘書になんかしてないよ。あと、能力的にも十分信頼に値する。ヨシヒトが通信局が関与していないって言うんなら多分その通りだ。たとえ局長が隠そうとしても一人で実務が出来るわけじゃないんだ。何しろアイツの人脈はとんでもないからな。いわゆる〝ヤリチン〟ってやつさ」

しばしの沈黙の後、コウがふうっと息を吐いて片手をマサヒトへ差し出す。

「疑って済みませんでした。何しろ、この件はナガトもそうですし、私にも直接影響あるもので」

そうはいったものの、コウの目が笑っていないことにナガトは気付いていた。ナガトの手前、いったんは引いたが、まだ完全に信頼したというわけではないのだろう。マサヒトはというと、こちらも引きつった笑みを浮かべながら握手に応じていた。可哀想なほど怯えている。

「そうだ、ナガト。せっかくマサヒトさんも居ることだし、今後の事について相談したいのですが……」

コウがそう言葉に出しながら同時に頭部端末経由で『暴動の件、話して良い?』とメッセージを送ってくる。ナガトは器用な事をするなと思いながら了承のメッセージを送付した。

「ちなみに、これを話すことは私にとってもかなりリスクのあることです。取り扱いには十分に注意して下さい」

コウの前置きに、マサヒトが頷きながらも助けを求める目をナガトへ向けてくる。話の内容と言うよりコウの威圧的な様子に怯えているのだろう。マサヒトは優秀な人材だったが、気が弱いのが難点だった。そんなマサヒトを試すかのように、コウは淡々と話を続ける。

「私が入手した情報によると、今後一ヶ月のうちに多方面で非常に大規模な集会が予定されているようです。もちろん、許可されたものではありません。私たちはその集会が暴動にまで発展し、イルカ種とシャチ種の間に致命的な溝が入ることを恐れています」

「暴動、ですか?」

「はい。詳細はデータを送りますので参照してください」

マサヒトの方から微かなクリック音が聞こえてくる。早速データを確認しているのだろう。ナガトの助けが入らないと分かって、さっさと仕事に集中した方が気が楽だとでも思ったのかもしれない。

「千人以上の規模ですか、いまだかつて例がありませんね。場所は商業区画でも比較的庶民向けの店が多いところで、少し奥に入ると路地が多い。警備局の駐在所からも遠いので、警備局員が駆けつける頃には騒ぎはかなり大きくなっているだろうと予測出来ます。シャチ種向けの店舗もあるので、略奪の懸念もあるってことですか」

そう言いながらマサヒトがちらりとコウの方を見る。その様子は生徒が先生の様子を伺っているかのようだった。

「はい、その通りです。さすがは秘書をしているだけあって理解が早いですね」

「あともう一つ気になる点が……」

マサヒトの視線がナガトへ向く。

「主導者の所属が水耕栽培室ってことだな?」

さすがにマサヒトからは言いにくいだろうと思い、ナガトが口を挟んだ。水耕栽培室は食糧資源局に属し、その局長ユミはコウの従親だった。

「ええ、予定されている参加者の多くも水耕栽培室の所属です。先日の騒ぎとは違い、参加予定者が水耕栽培室に所属していることも把握しています」

「水耕栽培室ってユミさんの……」

そうマサヒトが口に出した瞬間、しまったというふうに口を手で塞ぐ。まるで漫画のような仕草に、ナガトは笑いをこらえる。コウは例え実の親でも、いや親だからこそ批判の手を緩めないだろうが、マサヒトは両者の関係性をまだ知らないのだ。コウはというと、顔色一つ変えず頷いた。

「はい。ユミさんの手落ちですね」

「相変わらず自分の親に向かって容赦ないな、コウは」

そう言ってナガトが笑う。

「凄いですね、コウさんは」

二人のやりとりを戸惑いながら見ていたマサヒトが呟く。

「イルカ種なのに生意気だろ?」

「いえいえ! 生意気だなんてそんな事は全然!」

これまた大げさなリアクションで否定するマサヒトに、今度はコウもクスクスと笑い声を上げた。

「マサヒトさんってずいぶん可愛らしい方ですね。ナガトにそういうところが気に入られたんでしょうか? ちなみに、何処までいってるんです?」

緩みかけていたマサヒトの表情が再び引きつった。これではまるでシャチに睨まれたアザラシだ。マサヒトは自宅についてきたことを心底後悔しているだろう。

「わかりにくい冗談言うのは止めろよ、コウ。マサヒトもそんなにビビるなって」

「は、はい……スミマセン……」

マサヒトが消え入りそうな声で応える。このまま本人も消えて無くなりそうなくらい縮こまっている。

「すみません、マサヒトさん。なにしろあなたが誠実そうな方なのでついからかいたくなってしまって。いままでの態度は全部演技ですよ。まさかイルカ種の私がこんなに怖がられるとは思ってもいなくて。私たちイルカ種に対する偏見もなさそうなので安心しました」

「やっぱり、怖がらせようとしていたのかよ……」

ナガトは呆れたように呟いた。本人はネタばらしのつもりなのだろうが、あまりにも淡々としているためマサヒトはまだ怯えているように見える。上司にしたくないタイプの人間だ。

「いえいえ、私の方こそビビりですみません。コウさんとは同い年なのになんだか情けないです……」

コウに頭を下げられ、さらに恐縮するマサヒトの肩をナガトがぽんと叩く。

「お前は悪くない、悪いのは人を試すようなことをするコイツだ」

そんなナガトの言葉を否定するようにマサヒトが頭を振る。

「いえ、僕は何となくですがコウさんがそうした理由、分かりますよ。シャチ種のほとんどがイルカ種の方を下に見てるのは確かですから。僕も同じ立場だったら相手がどんな人間なのか確かめないと腹を割った話はできませんし。にしても同種として情けない限りですよ、ホントに。二つの種族の関係がぎすぎすしているのもシャチ種が原因なんですし、今回のように大規模なデモをしたいって気持ちも理解できますよ」

「ありがとうございます。私たちイルカ種にも色々と問題はあるんですが……。それに、今回のデモというか暴動は超えてはならない一線を越えようとしていて、とても許されるレベルを超えています。では、こちらの資料も見てください」

コウが収集した集会に関する追加情報がマサヒトの頭部端末へ送信される。その中には水耕栽培施設をコントロールする重要施設の詳細な位置と警備情報が記載されていた。どの辺りが警備が手薄で、何処を破壊すれば効果的かといった情報が付け加えられている。

「これは!?」

マサヒトが目を丸くして声を上げた。

「こいつらは水耕栽培施設を人質に取るつもりらしい。これは完全にデモを超えている。もはやテロだ」

ナガトが嫌悪感も露わに言う。

「この情報、執行部は把握しているんでしょうか?」

「分からんが、知っている可能性はあるな。少なくとも不穏な動きがあることは把握しているはずだ。何しろ議会でイルカ種の中で未届けの集会が増加しているとこを指摘してもそのような問題はないとの一点張りだからな。知事の一派は暴動が起こる可能性など全くないという態度でいる。裏ではがっつり対策していて、発覚前に全てをつぶせる自信があるってことだろう」

多くの犠牲者を出した発電施設爆破事件がナガトの脳裏をよぎった。あの事件では疑わしいだけで実際には無関係だったものも処分の対象になった。

「あの、これが仕組まれたものである可能性はないのでしょうか? 先日の中年女性の件と同じように、コウさん達に害を与える目的で執行部が関与している可能性は?」

マサヒトの言にコウが首を振った。

「いえ、あの件とは分けて考えた方が良いと思います。確かに、食糧資源局所属の人間が食糧資源局の施設を占拠したとなれば、局を管理すべき私たち準上級市民の立場は悪くなります。しかし、施設に実害を与える見返りとしては小さすぎるでしょう。前からくすぶっていたイルカ種の活動家を煽ったという可能性はありますが、執行部が直接関与したというのは考えにくいのではないかと思います。だよね、ナガト?」

コウの言葉にナガトは頷いた。

「食糧資源局が標的に選ばれたというのは気になるところだが、管理責任を問うという目的でテロを煽るのはリスクが高すぎる。それなら俺らとやり合ったあの連中が言っていた、横領をでっち上げた方がよっぽどローリスクだし効果も高い。今回のテロはまた別件だと考えた方が良い」

「そうですか。もし、仕組まれたことなのだとしたら破壊活動は結局は未遂に終わるのではと思ったのですが……」

マサヒトが少し残念そうに呟く。

「あの、もしこの資料にあるように施設が占拠されたらどうなるんでしょうか?」

「この施設はWエリアにあるすべての水耕栽培施設をコントロールしています。四つのエリアにある水耕栽培施設は合計でカロリーベースで見てギョクツドームの約八割を占めています。Wエリアの施設が占拠されるとテロリストはその四分の一、つまり約二割の食料を支配下に置くことになりますね。コントロール施設のみを占拠しても恒久的な破壊は出来ませんが、今栽培中の作物を全滅させる事くらいなら可能です。そうなれば再度作物が収穫できるまでの数ヶ月間、食料供給が二割減ることになります。備蓄もあるので飢餓は起こらないでしょうが、物価の上昇は必須ですし、そうなればさらに市民の間で不満も溜まるでしょう。立派な人質になりますね」

とコウが応える。不満が増す程度で済めば良いがなとナガトは心の中で付け加える。かといって発電施設爆破事件の時にやったような強硬手段をとればテロは防げるだろうがイルカ種の反感を買うのは必須だ。更に大きな反体制活動を引き起こしかねないし、それこそがテロリストの真の狙いかもしれない。執行部が穏便に済ませる能力を持っていれば良いが、あまり期待は出来なかった。

「深刻、ですね……」

「何とか俺たちの手で防ぎたいところだがな」

ナガトがふうっと息を吐いた。

重い空気の中、マサヒトが口を開く。

「僕、食糧資源局の人には凄くお世話になったんですよ。恩があるんです。だから、彼らがそんなことをしようと思うだなんて考えたくないです……」

「恩、ですか。あの、もし嫌じゃなければどんなことがあったのか聞かせてもらっても良いですか? ナガトってマサヒトさんの事あまり話してくれないので、ちょっとマサヒトさんの事知りたいなと思いまして」

がっくりと肩を落とすマサヒトを見て心配する気になったのか、コウが口調を和らげる。口角をやや上げただけのその表情はとても優しいとは言えない笑顔だったが、コウ本人としては聖母の微笑みにも匹敵すると思っているはずだ。先ほどの態度の悪さを反省したのかもしれない。そんな変化をマサヒトも読み取ったのか、少し恥ずかしいんですがと前置きした後話し始める。

「ナガトさんはよくご存じだと思うんですが、僕って中等共通科の時にいじめられてたんですよ。正確に言うと初等科の頃からずっと、ですね。僕自身も勉強は出来ない上に、泳ぎも下手で年下のイルカ種にさえ負けるくらいでした。それに僕の家はシャチ種の中でもビックリするくらい貧しくて、服も文房具もずっともらい物を使ってたくらいなんです。加えてほら、僕って小さいですし……」

身体の小ささに関してはいまだにコンプレックスは消えないのか、声のボリュームが下がる。コウにちらりと目をやってため息をついた。実際、シャチ種の方がイルカ種よりは一回り以上は体格が良くなるのが普通だが、マサヒトはコウよりも身長でやや負けていた。コウがイルカ種としては長身であることを考慮に入れてもずいぶんと小さい。ナガトとしてはそれを生かせば強力な武器になると思うのだが、マサヒトにとっては深刻な悩みなのだろう。身長の伸びが良くないと言って身体測定の度に嘆いているユウキとは話が合うかもしれない。自分がマサヒトのコンプレックスを刺激していることを知ってか知らずか、コウが続きを促す。

「まあ、そういうこともあってあんまり良いとは言えない学校生活をおくってました。兄も多分、同じような仕打ちを受けていたと思うんですが、僕よりずっとコミュニケーション能力に長けていたので上手く立ち回っていたようです。これもナガトさんはよくご存じだとは思いますが……」

そう言うとマサヒトは苦笑いする。マサヒトの兄であるヨシヒトとナガトは高等専門科で一緒だったのだが、当時から相当の手練れだった。マサヒトによく似た小柄で可愛らしい容姿を利用して、同級生や先輩後輩、教師はもちろんのこと、教育局の人間にまで魔手を広げていたくらいだ。中等科の頃から性に奔放な生活を送っていたらしいので、苛めっ子など簡単に手篭めに出来ただろう。対するマサヒトはそんな兄と違ってずいぶんと真面目で、人見知りも激しいタイプだったようだ。

「兄は何度か助けようとしてくれたんですが、結局は本人が助けて欲しいって思わないと助けようがないじゃないですか? 僕は頼り方も上手くなかったんです。そんなある日、僕の父親、通信局で働いていて主親に当たるのですが、その父が仕事でかなり大きなミスをしてしまったんです。それこそ、職員寮を追い出されるレベルの。幸いにも除籍まではいかなかったんですが、生活はかなり苦しくなりましたね。従親の母もやっぱり通信局勤務だったので同じように立場が悪くなって酷い有様でした。ただ、生活が厳しくなったのはまだ耐えられました。一番辛かったのは、親友だと思っていた友達に父の事を責められたことです。彼女の父親は僕の父の上司だったのですが、私の父の失敗の煽りを受けて降格されたんですよね。そりゃあ、『お前の親のせいで人生破滅だ』なんて言われて、相当堪えました。彼女もまあ被害者なので仕方ないですけど。あ、すみません暗い話で」

そうは言いながらも、マサヒトの話しぶりにはそれほどつらさを感じられなかった。もう本人の中では整理がついているのだろう。

「そういうこともあってですね、当時の僕は父を恨んでました。父だけじゃなくて、それこそドーム全体を。多分、僕は弱いんだと思います。で、ですね、どうせなら復讐してから死んでやろうと考えちゃったんです。ある意味、今回デモをしようとした人たちとおんなじかもしれませんね。追い詰められると極端な方向に走っちゃうってことかもしれません。それで私がとった方法と言うのが水耕栽培施設の有機還元槽でした。生ゴミや糞尿なんかを再処理して栽培施設で使えるようにするあの施設です。そこに飛び込んでやればみんなに迷惑をかけた上で死ねると思ったんですよ。実際には飛び込んだとしてもせいぜい処理しきれなかった破片が詰まるくらいかもしれませんが、当時の私はそれしかないと思いました。実際私は施設に忍び込もうとしたんです。もちろん普通の中等生が簡単に侵入できる訳がありません。すぐに捕まってしまいました。僕を捕まえたのは父よりずっと年上の初老のイルカ種の方でした。そのとき私は死のうと思っていたというのに、捕まるのがなぜか怖かった。なので必死に抵抗しましたよ。加えて当時の私はイルカ種を下に見ていました。何しろシャチ種の中で僕は最底辺なものだから、見下せる存在が欲しいと思っていたんです。だから侵入者のくせにずいぶんと酷い暴言を吐いていました。『イルカ種のくせに俺の言うことを聞けないのか!』なんてね。にもかかわらず、彼は警備局には引き渡さず、薄汚れていた僕を風呂に入れ、食事までさせてくれました。浮浪者のような容貌の僕の話を真剣に聞いてくれて、扱いのひどさに同情もされました。彼だけじゃ無く、他のイルカ種の方も皆優しかった。それこそ、僕にとってはカルチャーショックでしたね。落ち込みもしました。今まで見下していたイルカ種の方が良い暮らしをしていて、彼らに同情さえされている。自分が惨めで惨めでさらに死にたくなりました。そのことを口に出したとき、僕をはじめに助けてくれた人の同僚に言われたんです、死ぬなら他でやってくれ、ここで死なれたら迷惑だと。『お前の境遇には同情するが、俺たちもずいぶん苦労はしているし、仕事もプライドを持ってやっている。シャチ種というアドバンテージがあるのにそんなふうに落ちこぼれたお前に職場を汚して欲しくない。自殺するなら別のところでやってくれ』って言われました。周りの人はそんな事を言った人をそれこそ殴りかかる勢いで非難してくれましたが、僕はその人が言っていることは正しいと思ったんです。恥ずかしかったです。もちろん、腹も立ちましたけど、それ以上にまだ自分はやることをやれてないなって思いました。なんとしてでも闘っていこうって。本気で兄に助けを求めたのはこの件があったからですね。その後のことはナガトさんの方が詳しいと思います」

二人の視線がナガトへと集まった。

「まあ、マサヒトの苦労に比べたら別にたいしたことないんだが、ヨシヒトにその事を聞いていじめていた連中を絞めたんだよ。で、マサヒトの父親のミスってのも色々と勘違いがあったって事を証明して濡れ衣を晴らしたってくらいで」

頭を掻きながらぶっきらぼうに言い放つナガトに、マサヒトが噴気孔を鳴らした。

「いえいえ、ナガトさんはずいぶんと懸命になってくれましたよ。いじめっ子を絞めるときにはあまりにも頑張りすぎて、僕が止めに入ったくらいです」

「ナガトは猪突猛進型だからねえ……」

呆れたふうにコウが言った。

「別に自制は出来たよ。そうした方が効果的かなと思ったからマサヒトが止めに入るように仕向けただけだ」

「はいはい、分かったよナガト。マサヒトさんも本当に大変だったんだね」

「いえいえ、お二人に比べると僕なんて全然です。何しろ全然お役に立ててない感じがしていて。だからですね、今回こそは僕も何か出来ないかなと思ってます。僕にはあの人達がそんなに酷いことを計画するだなんて信じられません! きっと何か裏があると思います!」

勢いよく立ち上がり、珍しくも声を荒げるマサヒトにナガトは驚きのクリック音を立てた。コウはというと突然マサヒトから握手を求められ、たじろいていた。

「コウさん、私にできることがあれば何でも言ってください! 食糧資源管理局のためになら僕も頑張ります!」

「え、ええ。ありがとうございます。ただ、実際どうすればいいのかは難しい問題ですね……」

今までとは逆に、今度はコウがマサヒトに気圧されていた。とはいえ、具体的にどう行動すれば平穏に済ませることができるのかとなるとできることは限られている。コウが直接テロリストを拘束するには権限も人員も足りず、場合によっては準上級市民と一般市民との間に致命的な溝を作りかねない。かといって執行部に情報を流せば強攻策をとるのは明らかだった。もちろん、このまま放置するのは論外だった。

「あの、それなんですが、ナガトさんのお兄さんに頼んで、こっそり警備局を動かしてもらうことってできませんか? かなり勝手なことだとは思いますが、僕らだけでなんともならないなら相談くらいはしてもいいとは思うんですが……」

期待に膨らんだ目がナガトを見る。ナガトはうなずきながらそれに答える。

「ああ、それについては俺も考えていた。もちろん、局長のユミさんに許可をもらってからだがな」

ナガトのその言葉にコウが反応する。

「お兄さんにそんなこと頼んで大丈夫なのかな。その、立場的にまずかったりしない? 知事に睨まれたりしたら迷惑かけるんじゃ……」

「それは話してみないと分からんが、兄貴ならたぶん大丈夫だとは思う。もし危険そうなら無理だと言ってくれるよ。俺とは違って慎重派だから。もちろん、精一杯の協力は期待してもいいとは思う」

マサヒトがコウの言葉を聞いて笑い声を上げた。

「ナガトさんって自分以外のほとんどの人を〝慎重派〟って言いますよね。ところで、キミヤスさんに頼むとして、何かお礼とかは必要だったりしないんでしょうか?」

「見返りについては考えてるよ。まあ、見返りというよりもう一つの相談事って感じになってしまうかもしれないが……」

そう言いながらナガトはコウの目を見た。先ほどのやり取りでマサヒトのことを信用することにしたのか、コウがうなずく。それを確認したナガトは建設中ドームの事をマサヒトに話した。最初から疑いにかかっていたナガトやナツメとは違い、夢のある話を素直に信じたようだった。キラキラと目を輝かせ、興奮気味なそぶりを見せている。その気持ちはナガトにも良く分かった。だからこそ、そんないい話があるはずないと思ってなかなか信じることが出来なかったのだ。

「まあ、どうやって〝使う〟かはじっくり考えないと行けないがな。兄貴には手土産としてこの話を持っていくつもりだ」

「なんだか少し明るくなってきましたね。このところ暗い話ばかりでしたから、ナガトさんのお兄さんもきっと協力してくれますよ」

マサヒトの言葉に同意しながらも、ナガトは心中兄の協力を得られるかどうかは五分五分だろうと思っていた。もちろん、協力するとはいってくれるだろうが実際にどの程度手助けしてもらえるかは兄と知事の力関係がどうなっているかによる。そしてそれは、ナガトにも把握できてはいなかった。

キミヤスの元へ

正式に会談のアポを取り付けたナガトは、コウを伴って居住区画にある議員宿舎へと向かっていた。リニアレールカーを降りてから正面玄関までの間には商店はおろか、民家の一つも見えない。一般市民にはセキュリティ確保のためと説明されてはいるが、実際には住環境を守るためだった。動植物園も顔負けの立派な木々が立ち並ぶメインストリートには、広大なグランドやプール、温浴施設などが散見される。議員宿舎のの周囲にあるのは上院議員とその関係者専用の〝保養施設〟のみだ。要は『シャチ種のトップエリートである上院議員たる者、その辺の庶民と同じ暮らしは出来ない』と言うことなのだ。

レンガ造りの豪奢な正門を抜けると警備員詰め所があり、そこでセキュリティチェックを受ける。警備員はイルカ種であるコウに不審の目を向け、ゲートを通すことを渋っていたが、キミヤスの名を出すとすぐに押し黙った。

採り立て野菜を売りにする飲食店や、絞りたての果物ジューススタンドを通り過ぎ、貴重な鉱物で作られた装飾品が収められたショーケースの前でコウが立ち止まる。

「ここ、凄いね。ナガトもここに住めば良いのに。上院議員なら誰でも住めるんでしょ?」

「居心地が良くない。俺にとっては敵ばかりだ。それに、ここじゃあお前やユウキと一緒に住めないだろ」

「ここにいるイルカ種はあっち方面ばかりだもんね。私は気にしないけど、ユウキには良くない環境かも」

ユウキと同年代くらいの若いイルカ種の女の子と腕を組んで歩いているシャチ種の初老男性に目を向ける。男はナガトの倍以上の齢を重ねているように見える。従業員を含め、セキュリティゲートの内側は大半がシャチ種だった。イルカ種が居たとしてもシャチ種相手に身体を売っているか囲われているかのどちらかだ。性に関しては保守的なナガトとしては、コウやユウキがそんな目で見られるのは耐えがたかった。自分とコウはあくまで対等なパートナーであり、どちらが上ということではない。しかしナガトと同じ考えを持つ人間はシャチ種はおろかイルカ種にも皆無だ。シャチ種とイルカ種の間に子供を作ることは法律で明確に禁止されており、あくまで遊びの関係でしかないのが〝常識〟だった。

キミヤスはまだ〝若手〟ということもあって、一軒家ではなく集合宿舎に居室を構えていた。それでもナガト達の住居と比べると倍以上は広く、作りも豪華だ。専用の受付まである。顔立ちの整った受付嬢に兄へ会いに来た事を伝えると、今は手が離せないので直接来てほしいとの事だった。

「お兄さん、ずいぶんと忙しいんだね」

「まあな。兄貴は働き過ぎるところがあるから」

そんな兄に、さらなる厄介ごとを持ち込もうとしている事に若干の躊躇はあったが、そうもいってはいられない事態なのだ。また後で恩返しすれば良いさと思考を切り替えて先を急ぐ。大きなシャンデリアが飾られた豪奢なメインホールを抜け、つま先が沈み込む程分厚いカーペットが敷かれた廊下を進む。ドアの前で兄を呼び出すと、カギは開いているので入ってこいと返事が返ってきた。ナガトはドアノブに手を掛けると、「覚悟しておけ」とコウに言う。コウは怪訝な表情を見せていたが、開いた扉の隙間から流れ出したゴミを見て納得いったようだ。

「なかなか凄いね。これってやっぱり遺伝?」

「だろうな。だが、兄貴の家にはユウキがいない」

「じゃあ仕方がないね」

この場にユウキがいればあきれられること間違いなしの会話を交わしながら、ゴミをかき分けて靴を脱ぐ。幸いにも生ゴミの類いはなく、埃っぽくはあったが臭くはない。

「ちょっと散らかってはいるが、勘弁してくれ。最近忙しくって片付ける暇が無いんだ」

廊下の奥からキミヤスが姿を見せた。「全く、つまらない仕事だ」と言って、書類の束を廊下に放り投げる。書類には知事の印が押されていた。主親であることをいいことに、面倒な雑務を押しつけられでもしているのだろう。キミヤスが二人をリビングへ招き入れる。ナガトも人のことは言えなかったが、部屋着丸出しのスウェット上下に身を包んだその姿はとても上院議員には見えなかった。ナガトの場合は体格が良いこともあって、だらしないなりにワイルドさが出るのだが、顔立ちは似ていても線が細い兄のキミヤスが同じ格好をすると勉強に疲れた浪人生にしか見えなかった。アイパッチに浮かんだ陰りがくたびれた様子を強調している。これで武闘派が多い警備局を纏めているということをナガトはいつも不思議に思っていた。

「兄貴もいい加減相手見つけろよ。ちゃんとした格好をすればモテるんだからさ。もしくは家政婦を雇うとかさ」

「俺は独りが気楽でいいんだよ。それにな、家政婦と言ったら大体イルカ種だろ? 俺はそういうのが嫌いなんだよ。イルカ種は知的労働に向いてるんだから。例えばコウくんみたいな、ね。お久しぶり、コウくん。最後に会ったのはいつだったかな?」

コウが差し出された手に応える。

「御無沙汰しております、キミヤスさん。たしか、警備局との交流会でご挨拶に伺ったのが最後だったかと思います」

いつの間に買っていたのか、紙袋から手土産を取り出して手渡す。兄が好きな高級牛肉だった。

「あー、そんなに気を遣わなくてもいいのに。あと、他人行儀な言葉遣いもよしてくれよ、カワイイ弟の婚約者なんだからさ。うーん、それにしても立派な体つきだねえ。どう? 警備局に来てくれたら優遇するよ? 最近、良い人材が少なくてさ。まあ、そんなことになったらミサキ局長に怒られるな」

キミヤスがコウの上腕に手を伸ばし、まさぐる。まさぐるとしか言えないそのいやらしい手つきに、ナガトは複雑な気分になった。

「いえいえそんな、私なんてとても警備局の仕事は勤まりませんよ。まあ、お兄さんの下で働けると言うのならすこし迷ってしまいますが。交流会の時はウチの局員の間で話題になりましたよ、お兄さんの格闘術は相当すごいんだとか」

「コウくんは格闘技やるんだっけ? じゃあさ、今度直接稽古付けてあげようか? ナガトのいないときにでもこっそり」

ナガトを差し置いて、二人の間に含みのある視線が行き交う。キミヤスがコウに伸ばした手を、ナガトは思わず振り払っていた。その様子を見てキミヤスが破顔する。

「冗談だよ、冗談。な、コウくん、コイツ単純すぎるだろ? リベラル派を名乗っているのに性愛については潔癖なところがあるから笑っちゃうよな。どうせ夜をリードしてるのはコウくんなんだろ?」

「その点についてはお兄さんの想像にお任せします」

コウの返答に、キミヤスは含み笑いを浮かべる。自分を肴にして談笑を続ける二人に愛想を尽かし、ゴミをかき分けて勝手に座った。それを見て二人は更に盛り上がったようだったが、知ったことではない。

「くだらないこと喋ってないで、さっさと話しようぜ。兄貴も忙しいんだろ?」

それが笑いに繋がることは分かっていたが、自然と語気が強くなる。キミヤスとコウは肩をすくめた後、テーブルを挟んでナガトに対する。

「全く愛想の無いヤツだな。せっかく弟の婚約者に会ったんだ。ちょっとくらい楽しんでも良いだろうに。で、なんなんだ、話って?」

ナガトは話を逸らす暇を与えないために、イルカ種の一部が画策している暴動計画について協力して欲しいと単刀直入に話す。どうやらキミヤスもその話を既に知っていたようで、ナガト達が詳細なデータを渡すまでもなく計画のあらましを掴んでいた。

「あ、この情報は上へ上げないように指示してるから。コレでもまだ影響力は残しているつもりだよ」

ナガトの強ばった表情を見て察したのか、キミヤスが先を制する。ナガトはひとまずほっとしたが、まだ安心は出来ない。その情報を把握している人数が多ければキミヤスが完全に封じることは難しいだろう。

「既に知っているんなら話は早い。俺とコウは、なるべく事を荒立てずに収束させたいと考えている」

「そこで俺の力を借りたいと?」

キミヤスが腕を組んでため息を吐く。

「やはり難しいか……。キミトのヤツが圧力でも?」

キミヤスが更に深いため息を吐いて首を振る。キミヤスが全く手出しできないほど、圧力をかけられているとすると、今回の暴動計画だけではなく、もう一つの件についての助けも難しくなるだろう。それは、ナガトが今後の身の振り方について根本的に考えを変えないといけないことを意味していた。

「圧力は……まあそれなりにはあるが。大体、俺がこんな事態を黙ってみているはずがないだろう?」

「は? それってどういう意味だ? まさか……早まるなよ、兄貴! いくら追い詰められてるからって、そんなっ!」

思考がある一つの結論に達し、ナガトは声を荒げた。キミヤスの肩を掴み、前後に揺さぶる。キミヤスが口を閉じていなければ、舌でも噛んでしまっただろう。

「ちょっと、ナガト落ち着いて。お兄さんの話をちゃんと聞こうよ」

コウから強烈なビンタを食らい、ナガトは情けない斜め座りをさらす。

「すまんな、コウくん。そしてナガト、お前はちょっとは冷静になれ。お前がどんな妄想したのか知らんが、俺は単に警備局に手を回して秘密裏に処理しようとしているだけだ」

「へ? キミトのヤツをぶっ殺すんじゃないのか?」

鳩が豆鉄砲を食らったかのような間抜けな顔をしたナガトに、他の二人が同時にため息を吐いた。どうやらまた暴走してしまったらしい。動植物園での一件以降、なるべく突っ走らないように気をつけてはいたのだが、生まれ持っての性格というのはそう簡単には変えられない。

「あのな、ナガト。俺は何も動いていないと思われていたことにがっかりしたんだ。俺も確かに父のことは好きじゃないが、何も力で排除しようとまでは思ってない。そもそもお前の想像通り玉砕覚悟じゃないと無理だ。それにな、俺はまだ警備局を自分の意思で動かせるくらいの影響力は持ってる。それともなにか、お前は俺の事をそんなに貧弱なヤツだとでも思ってるのか?」

「いや、そういうわけじゃ……」

縮こまるナガトの様子に、話にならないとでも思ったのか、キミヤスがコウの方へと向き直る。

「ナガトから聞いているかどうかは分からないが、この手の暴動には俺たちも色々と因縁があってね。出来れば、事が大きくなる前に収束させたいと思っている」

「すみません。本来は私ども評議会や食糧資源局の中だけで解決するのが本筋だとは思うのですが……」

「いや、やはりこういう荒事に対処出来るのは警備局だよ。イルカ種評議会やユミ食料資源局長の能力を疑っているわけでは決してないよ。能力を発揮する場所には向き不向きがあるからね。相談してくれてありがとう。俺たちがまだ把握してない情報もあったから助かるよ」

キミヤスへ向かって、コウが深々と礼をする。いつのまにかナガトは、すっかり蚊帳の外に置かれてしまった。面白くはなかったが、そうなったのは自業自得だ。仕方がない。その後、コウとキミヤスは情報を相互に交換し、対策について話し合う。中核メンバーについては拘束するのではなく食糧資源局から警備局関係機関へと異動させ、訓練と称して行動を監視しようということになった。ナガトはクーデターを計画しようとする奴を警備局に入れて大丈夫かといぶかしんだが、キミヤスの答えは「気骨のある奴は大歓迎」ということだった。もし拘束して押さえつけようとすれば余計に反発は強まる。高まった不満を正しい方向に導いてやれば自然と収まるだろうというのがキミヤスの考えだった。それにもし中核メンバーを味方に引き込むことが出来れば今後の情報収集に役立つ。たとえ彼らが翻意しなくても、ベテランの警備局員がそばにいてはクーデターを起こすなど不可能だ。ナガト達だけでは決して思いつかないであろう妙案だった。この調子であれば、兄に任せておいても問題ないとナガトは今度こそ胸を撫で下ろした。

暴動対策の話が一段落し、キミヤスがトイレと言って部屋を離れる。

「もっと早く相談に来ていれば良かったな」

「……ちょっと上手く行き過ぎな感じもするけどね」

すっかり気も緩んで足を投げ出したナガトとは違い、コウは相変わらず正座を崩そうとはしなかった。

「それ、どういう意味だ? 疑ってるのか?」

そう言いながらナガトは昨夜寝る前の「家族が一番信用出来ない」というコウの言葉を思い出していた。確かにナガトも父キミトに対しては同じスタンスだ。しかし、兄と母はそれなりに信用していた。それなりにと言うのは、二人とも立場上非協力的になる可能性はあると思っているからだ。対してコウは今まで受けていた仕打ちから、両親を家族として全く信用出来なくなっているようだ。なにしろ、子供の頃から政治的な道具に利用されてきたのだ。ナガトにもその点は理解出来たが、すこし過剰反応だとも思っていた。

「いや、キミヤスさんを疑っているわけじゃないよ。ただ単にこの状況が引っかかってるだけ。順調なときほど注意が必要だからさ」

そう言うとコウは頭部端末で何か調べ物を始めたようだった。煮え切らない様子に苛立ちを感じたが、そんなコウに何度も助けられた事を思い出す。ブレーキ役を任せているコウは慎重になりすぎる位で丁度良い。

待ちくたびれたナガトが、ストレッチを始めたとき、ようやくキミヤスが帰って来た。

「遅かったな。便秘か?」

「なに下らんこと言ってんだ。仕事だよ、お仕事。お前と違って忙しいんだよ」

「これは失礼しました。で、もう一件相談したいことがあるんだが、良いか?」

キミヤスが眉間に皺を寄せる。

「また面倒なことか?」

「まあ、そう言わないでくれよ。こっちは正真正銘明るい話だからさ」

やれやれとキミヤスがナガトの正面へ座る。コウの方をチラ見すると、すました顔でキミヤスの方を向いていた。先ほどのやり取りもあり、話すのを止められるかとも思ったが、どうやらその気は無いらしい。

「聞いたら絶対ビックリするぜ。なにしろ、イルカ種が長年大事にしてきた伝家の宝刀を抜くんだからな」

ナガトの言葉にキミヤスがぴくっと反応した。キミヤスの表情が急に堅くなる。なぜそんな反応を示すのだろうかとナガトは不思議に思いながらも話を続ける。

「これから俺が言うことは多分信じられないとは思う。でも、事実だ。少なくとも、俺がコウからもらったデータを精査すると……」

「ちょっと待ってくれ。お前が話そうとしていることは俺が知って良いことなのか?」

ナガトを手で制したキミヤスが、コウへと目を向ける。ナガトのものとよく似た炎のようなアイパッチが、コウの灰色の顔へと向けられた。この眼力で荒くれ者の警備局員を黙らせてきたのだろう。対するコウは表情一つ変えず、こくりと頷く。

「ええ。もちろんどなたにでもと言うわけではありませんが、ナガトやナツメさん、それにキミヤスさんにはお話ししても良いと評議会で決定しています」

「分かった。そういうことならば話を聞こう。ただ、場所は変えた方が良い。ここでそういった話をするのはまずい」

キミヤスに言われるがままに議員宿舎を出たナガト達は、そのままキミヤスの自家用車で商業地区へと向かい、メインストリートから少し外れたレストランへと入る。ワショクと呼ばれるジャンルの高級レストランだ。キミヤスは顔なじみらしく、キモノを身につけた支配人に廊下の奥にある個室へと案内される。

「いきなりこんな堅苦しいところへ来させてしまってすまんな。ただ、コウくんの話しぶりから念には念を入れた方が良いと思ってな」

「議員宿舎には盗聴器でも仕掛けられているのか?」

ナガトはそう言うと手渡されたタオルで顔を拭く。ほんのりと漂う柑橘系の香りが心地よい。

「まあ、そんなところだ。俺も確認はするようにしているが、何処に目や耳があるか分からんからな。わざわざ評議会で許可を得ないといけない事なんだから、一歩間違えればイルカ種の将来にも関わってくる事なんだろう?」

支配人がフスマを閉め、足音が遠ざかったことを確認してナガトは口を開いた。

「イルカ種だけじゃない。ドーム全体の将来に関わってくる話だ。もったいぶるのも面倒だからぶっちゃけて話すが、七つめのドームが存在する。そのドームは基本的な部分は完成しているが、人は誰も住んでいない。つまり、新大陸があるってことだ」

キミヤスは眉間に皺を寄せ、困惑していたが笑ってはいなかった。真剣に受け止められていると解釈したナガトは、先を続ける。

「詳しくは今から送るデータを見てくれ。実地調査はまだ出来ていないから本当にそのドームが存在し、人が住める状況にあるのかは不明だが、精査するにその可能性は十分に高いと思う。少なくとも、人を送り込んで調べる価値はあると俺は判断した」

データを受け取ったキミヤスが、クリック音を立てる。

「位置情報のデータが無いな。数値にも辻褄が合わない部分がある」

一分もしないうちに顔を上げたキミヤスが、コウへ視線を向ける。

「それは情報流出の可能性を考慮した結果です。現状で持ち出せるデータはお渡しした物が精一杯だとご理解ください」

「懸命だな。もしこれが実在し、今も使える形で残っているのだとしたらとんでもないことだ。まさかこれほど重大な秘密をイルカ種が握っていたとは……」

腕を組んでキミヤスが唸る。そんなキミヤスの様子を見つめるコウが、きゅっと目を細めた。

「秘密があるのはお互いさまですから」

その言葉にはっとしたキミヤスがかぶりを振る。

「誤解させたならすまない。コウくんの言うとおり秘密があるのはお互いさまだ。私たちにも秘密にしている事はたくさんある。むしろシャチ種が隠していることの方がはるかに多いだろう。そんな状況がなくなれば互いに有益な情報を交換出来るのになと思ってな。その、俺に話してくれてありがとう。確かにこれは明るい話だ」

「兄貴にはその分協力してもらわないといけないからな。まずは現地に人を送り込んでみないと始まらない」

ナガトの言葉にキミヤスが難色を示す。

「先に言っておくが、警備局から船を出すのは難しいぞ? 警備の船がドームから離れれば絶対に怪しまれる。流石に俺もそんな力は無い」

「いや、船は熱源管理局の方で手配する。資源調査の名目なら遠出しても不自然さはないはずだ。とはいえ、出港許可は得ないといけない」

言わんとしていることを察したのか、キミヤスが目を閉じて悩み始める。ドームを離れる全ての船は事前に目的と行き先を警備局に申告して許可を得る必要がある。定期メンテナンスのような決まった作業であればすんなり通るが、ドームから遠く離れる場合にはそれなりの理由が必要になる。目的を偽って許可を得ることも考えられるが、もしばれた場合に熱源管理局の立場がまずくなる。そして、滞在時間や船の装備を見ればばれる可能性も高い。やはり警備局から〝正式な許可〟を得て行動することが必須だった。

「少し考えさせてくれ。警備局内だけであればなんとかなるだろうが、問題は通信局だ。彼らの独自ソナーネットワークについては警備局も把握できていない部分が多いんだ。へんな動きをすれば通信局経由で執行部に洩れる可能性がある」

キミヤスの言葉にナガトは「わかった」と短く答える。一難去ってまた一難かとナガトは心中つぶやいた。通信局が独自の探査網をもっていることは知ってはいたが、警備局の能力を超えるほどとは思ってもいなかった。

「ナガト、それにコウくん、協力要請については良く分かった。俺もできる限り協力はしたいと思う。でも、それには時間が必要だ。事が事だけに、慎重に進める必要がある。俺の方でも最優先で手回しを進めるから、君たちはなるべく静かにしておいてくれないか? もちろん、具体的な計画を練るなどの下準備は進めておいて欲しいし、いざ実行となった場合にはリーダーシップを取って欲しい。ただ、対政府に関しては俺に任せてくれ。根回しが済むまでは絶対に動かないようにな」

真剣な表情で話すキミヤスに、ナガトとコウは静かに頷く。ナガトは今までずっと表だって反抗してきた結果、知事の動向を捉えにくくなっているのは確かだった。それはナツメ率いる熱源管理局もそうだ。ここは知事の懐に深く潜り込んでいるキミヤスに任せた方が賢明だろう。逆に、具体的な調査や入植への下準備を進めるにはナガト達が持つ装備、技術が生きてくる。尊敬する兄と大仕事ができると思うとナガトの気持ちは自然と高まる。

張り詰めた空気を和らげるように、キミヤスがふうっと息を吐いて笑った。

「まったく、俺らのオヤジさんには参ったものだな。そもそも信頼関係があればこんな密談しなくても済むのに。まあ、難しい話はこれで終わりだ。せっかく来たんだし、飲んで帰るとするか」

キミヤスが手を叩くとすぐに店員の足音が聞こえ、キモノを着た妙齢の女性がフスマを開ける。一仕事終えたナガトは飲む気満々だった。

夜の会談

コウはアルコールに打ちのめされてふらふらになったナガトに寄り添いながら、玄関をくぐる。キミヤスの助けを借りながら靴を脱がして、散らかった廊下を進み、手に余る巨体をベッドへと放り投げた。ごすっと鈍い音を立てて床に頭を打ち付けられたにもかかわらずナガトはすぐに寝息を立て始める。

「まったく、情けない奴だな。コウくん、こんな軟弱な弟ですまない」

すっかり潰れてしまった弟とは違い、キミヤスは口調もしっかりとしていた。アイパッチがほんのり赤く染まっている程度だ。コウも少し酩酊感はあるが、意識ははっきりしていた。ナガトだけが勝手に暴走して飲み過ぎたのだった。

「ちょっと水でももってくる」

そう言うとキミヤスは部屋を出て行った。コウは豪快にいびきをかくパートナーを見て、全くお気楽な奴だと改めて思った。兄弟だというのにキミヤスとナガトはずいぶん性格が違う。ナガトは思慮はまるで足りないが、本当に良い奴だ。対してキミヤスは表面上は友好的なものの、どこか裏があるような気がする。猪突猛進形のナガトとは違い、熟慮の上で行動するタイプだ。自分とよく似ている。イルカ種に対する態度にも影があるように感じる。言動は確かに友好的だ。だが、本音はどうなのだろうかとコウはいぶかしんでいた。自分の感覚以外、これといった証拠は特にない。そしてその感覚をコウは信用していなかった。ナガトと血の繋がった兄弟であるという点に自分が嫉妬しているだけ、という可能性はおおいにある。事実、ナガトによく似たアイパッチが羨ましくてたまらない。コウはなにより自分自身の事が一番信用できなかった。

――キミヤスさんは自分たちの味方だ。障害になるとすれば自分の嫉妬心だ。

自分自身にそう言い聞かせる。計画を進めるにはキミヤスの協力が不可欠だ。それを個人的な感情で妨げるわけにはいかない。

「なんだ。気兼ねせずに始めてもいいのに」

コウが振り向くと、コップを片手に自分を見つめるキミヤスの姿が見えた。口角を上げた表情がいやらしいものに見えるのは、やはり自身の心のせいだろう。ただ、ボクサーパンツにTシャツというキミヤスの姿はなかなかに魅力的だった。鍛え上げられたナガトとは違い、スリムで知的だ。長身なためその印象がより強くなるのだろう。

「どうだい、俺とヤってみるかい? それとも浮気を気にするタイプ?」

キミヤスが液体を含んだ口吻をコウへと近づける。コウはためらいなくそれを受け入れ、口を開く。二人の間からこぼれ落ちた水滴がコウのスラックスを濡らした。

「イルカ種相手でも良いんですか?」

「キミと仲良くなろうと思ってね。ココはシャチもイルカも変らないよ」

細身だとはいえ、シャチ種とイルカ種では筋力が違う。コウはベッドに押し倒され、下着の中に手が入り込んでくる。コウのスリットは既に湿り気を帯びていた。すぐ横では、ウブな恋人が寝息を立てている。自分の兄と恋人が肉体関係を持とうとしている事を知ったらどう思うだろうか。コウはナガトに見せつけるかのように、キミヤスの背に手を回し、口づけを求めた。残酷な笑みを浮かべたシャチが、鋭い歯を覗かせる。直後、強引に射し込まれた舌に、口腔を蹂躙される。噴気孔からシュッと空気が漏れた。

「お兄さんは見た目と違ってずいぶん強引な方なんですね」

「ナガトは奥手だろう? 見た目と違って」

にやりと笑みを浮かべたキミヤスが、コウのスリットへと指を這わせる。熱を帯びてくる下腹部とは違い、コウの頭は冷静だった。顔立ちはよく似ているというのに、こんなにも笑顔の印象が違うとは。

「もう膨らんできているじゃないか。そういや、こちらではやったことがないのかい? まあ、俺としてはその方が好都合だがね」

コウの体液が垂れる指を、キミヤスが自らの口へと運ぶ。

「弟の恋人を寝とろうとするなんてずいぶん悪い人なんですね」

「キミもずいぶん乗り気じゃないか。おっと、そっちはまだだ」

股の付け根へと手を伸ばそうとしたところで止められる。

「夜は長いんだ。そんなに急がなくても良いだろう? もう少しキミの身体を観察させてくれないか?」

そう言うとキミヤスはコウの服へと手を掛ける。キミヤスは少しずつ服を剥きながら、素肌にそっと触れ、舌を這わせた。エロティックな行為とは裏腹に、不思議と肉欲は感じられなかった。まるで美術品の真贋を確かめる鑑定士のように思える。キミヤスの視線はコウの灰色の皮膚のその下を見ているようだった。

「良い体だ。脂肪を蓄えているシャチ種と違って良くしまっている。それに、潮の匂いがそそるな。そこいらの娼夫じゃ出せない味だ」

「合格でしょうか?」

笑みを浮かべたキミヤスが首を傾げる。その目がそれはやってみないと分からないと言っていた。今度はコウがキミヤスの衣服を脱がせはじめる。ナガトと違って、シャチ種の平均から言ってもかなり細身だ。それでも単純に筋肉量が少ないマサヒトなどとは違って、しっかりと鍛えてはいる。本気になればコウなど簡単に制圧されてしまうだろう。ナガトはコウに対して決して腕力を振るおうとはしなかったが、兄の方はどうだろうか?

「ナガトによく似ているだろう? 子供の頃、プールに行ったときに良く言われたものだ」

背びれの付け根に手を這わせているコウに、キミヤスが言う。そこには炎のような灰色の染みがあった。こんなにはっきりした模様があるのは珍しい。確かにナガトとキミヤスは兄弟なのだ。その事実が心をざらつかせる。コウは下着へと手を伸ばす。今度は止められなかった。

灰色の混じったそこから、わずかに桃色の肉が見えていた。不意に頭を掴まれ、強引にキミヤスのそれに押しつけられる。わずかに石けんの香りが残るそこは、乾いていた。既に糸を引くほどになったコウとは大違いだ。敗北感を覚えたコウは、舌を伸ばしてスリットの中を散策する。乾いた粘膜に水分を取られ、なかなか進めない。それでもナガトが感じていたポイントを思い出して刺激を続けていると、ようやく塩味を感じ始めた。

「すまんな。俺はキミや弟と違って濡れにくい体質でね」

数分後、懸命の奉仕がようやく実り、キミヤスの竿がスリットの外へ飛び出す。大きさはナガトに負けず劣らないたくましさで、コウは下腹部がうずくのを感じた。そんなコウの思いを知ってか知らずか、キミヤスは喘ぎの一つも漏らさず、コウの頭を掴んだまま奉仕を求めた。喉の奥を突かれて嗚咽を上げるコウを気遣うこともなく、淡々と腰を振る。その横ではナガトが暢気にいびきをかいて寝ていた。

「これくらいで十分だろう」

キミヤスがようやくコウを開放する。コウの口吻が吐き出すそれは、当初より一回り大きくなっているような気がした。このまま解される事も無く挿れられたら痛いだろうなとコウはまるで他人事のように思った。

「コウくんはどういう体勢がお望みだい?」

相変わらず値踏みするようなキミヤスに、バックがと一言応える。その応えにキミヤスは首を振った。

「それじゃあ、キミの可愛らしい顔が見えないじゃないか。まずは正常位でいこう」

そう言うとキミヤスはコウを床へと押し倒した。背びれが堅い床と身体の間に挟まれ、激痛が走る。ナガトなら絶対にやらないことだ。

「まだ顔も出してないというのに、すっかり濡れているな。俺のがそんなに美味しかったのかい?」

こくりと頷くコウに、キミヤスの笑みが一瞬引きつる。一体、キミヤスは何を考えているのだろう。弟のパートナーが貞操とはほど遠いことにがっかりしたのだろうか。キミヤスが誘ってきたとき、コウはその意図が全く読めなかった。最初は弟の恋人を寝とるという背徳感に興奮する性癖の持ち主なのだろうかとも思ったが、その割には性的興奮があまり見られなかった。純粋に性欲に駆られてと言うわけではなさそうだ。それとも、大事な弟の相手にふさわしいかどうか試そうとしているのか。だとしたら落胆するに違いないとコウは思った。人からはなかなかそう見られないが、自分は性欲が強い方だと自認していた。誘われれば誰とでも寝る。それに、多少強引にされたとしても全然気にならないどころか、むしろ興奮する。もしかしたら自分自身は壊されたいと思っているのかもしれない。

そんな心情を悟ったかのように、キミヤスがいきり立った雄をコウのスリットへあてがい、一気に根元まで挿しこんだ。

「ぐがっ!」

堅さを増してきたコウの芯が、ごりっと削られ、コウは濁った悲鳴を上げた。生殖孔は限界まで引き伸ばされ、今にも裂けそうだ。にもかかわらずコウは十分に感じていた。スリットに挿入されるのは初めてではないが、こんなに大きいモノを受け入れるのは初めてだ。

「流石にいきなりはキツかったかい? でも、そのほうが気持ちいいだろう、お互いに」

そう言うとキミヤスはコウの腹を抉るように突き上げてくる。侵入者よりも一回り以上も小さい自分自身を蹂躙される度に、コウの口から喘ぎが漏れた。キミヤスも一見快楽を得ているように見えたが、コウにはそれが演技であることが分かった。快感に溺れそうになる自分と違ってこの人は今の状況を楽しんでいない。きっと軽蔑しているのだろう。キミヤスが更に激しく突いてくる。その様子は暴行を加えているようにしか見えなかった。一歩間違えばコウの腹を突き破ってしまいそうな勢いで腰を叩きつけ、大量に分泌されたコウの体液がしぶきを上げる。万が一、ナガトが起きてくれば修羅場になるのは間違いない。すっかり起立したコウの陰茎がキミヤスのそれとこすれ、コウは何度も絶頂を迎えそうになった。

流石にキミヤスも耐えきれなくなったのか、ひとしきり強くコウの生殖孔を突くと、多量の白濁液を中に放った。それとほぼ時を同じくしてコウも絶頂を迎える。薄目を開けてキミヤスの顔を見る。苦痛に満ちていた。

「楽しかったよ。これからもナガトをよろしくな。シャワーは別にしよう」

キミヤスはそう言うと脱ぎ散らかされた自分の衣服を回収し、そそくさと部屋の外へと出て行く。

――シャワー、染みるだろうな

コウは酷使されて赤々しく腫れ上がり、二人分の体液が漏れ出る自分の下腹部を見てそんなことを思った。

翌日の朝、頭痛を訴えるナガトに、コウはよく冷えた水を手渡す。

「全く、酷い朝だ……。コウ、お前は大丈夫だったか?」

「ええ、とっても楽しい夜だったよ。お兄さんとも仲良くなったしね」

コウの言葉に、ナガトは顔を歪めた。どうせ自分の悪口でも言って盛り上がってたんだろうとでも言いたげだ。自分は果たしてナガトにふさわしい人間なのだろうか。そんな疑問がコウの頭をよぎった。

登場人物 =とじる=

ナガト(シャチ種)

本作の主人公。シャチ種とイルカ種の対等な関係を築くべく日々奮闘している。

コウ(イルカ種準上級市民)

大気維持局の課長でナガトの恋人。暴走しがちなナガトのブレイン役。

ユウキ(イルカ種一般市民)

ナガト、コウに育てられる性欲全開の男の子。可愛いけどしたたか。

ナツメ(シャチ種)

ナガトの主親で熱源管理局局長。イルカ種に理解があり、ナガトを支援する。キミトとは別れ、今はミサキと付き合っている。

キミト(シャチ種)

ナガトの従親でドームの知事。ナガトとは敵対関係にある。

キミヤス(シャチ種)

ナガトの兄で上院議員。エリートと呼ぶにふさわしい能力の持ち主でナガト憧れの存在。

コウ(イルカ種準上級市民)

大気維持局の課長でナガトの恋人。暴走しがちなナガトのブレイン役。

ミサキ(イルカ種準上級市民)

コウの主親で大気維持局局長かつイルカ種最高評議会議長。ユミとの関係を解消し、今はナツメと関係を持つ。

ユミ(イルカ州準上級市民)

コウの従親で食料資源局局長かつイルカ種最高評議会副議長。今は独身。

マサヒト(シャチ種)

ナガトをサポートする専任秘書。甘党でビビり。

ヨシヒト(シャチ種)

ナガトの親友で通信局勤務。色仕掛けを得意とし、有益な情報をナガトにもたらしてくれる。